第109話 ライバルと嫉妬と初恋篇2① 零細ユーチューバーと愉快な仲間たち
「瑞穂の国からこんにちは、豊葦原系ユーチューバー、しげでーす!」
ライブ配信がスタートし、元気でにこやかな少年しげが、いつもの決り文句を口にする。このしげチャンネルでは、学校密着型ユーチューバーとして、豊葦原学院中等部に関する情報発信を行っていた。
そして配信者であるしげは、校内限定の知名度ではあるが、豊葦原中等部では知らぬものはないユーチューバーとして有名だった。
「さあ、大好評につき早速行ってみましょう、今週の異世界転入生情報――おっと、なになに、コメントで『それってストーカーじゃないか』ですって?」
リアルタイムチャットで視聴者の書き込みに見過ごせないものを発見し、しげは冷静に反論した。
「誤解しないでください。転入生たちのことは有志による善意の情報提供で知っているに過ぎません。しかもプライベートな詮索はしません。あくまで校内情報限定です。そこはご理解をお願いします」
半分ウソで半分本当である。
有志による『善意』というのは真っ赤なウソ。
一口500のギフトコードと引き換えに、しげが懐柔した瑠依、アレスティア、エウローラ、それぞれのクラスメイトたちから情報を得ている。
プライベートの詮索をしない、と言ったのは本当。
さすがにそこまで付け回しては、バレたときのデメリットが大きいと判断してのことだ。
「さて、三年生の黒森瑠依さんは、最近いい感じみたいですね。クラスメイトへの積極的な挨拶や、人当たりがかなりよくなり、教室内で着々と友人を増やしているそうです。一体何があったんでしょうか」
瑠依は異世界難民。それが判明する以前はイジメの対象にもなっていたという噂があったが、休学後、別人のようにイメチェンをして学校にやってきた。
その容姿はどこからどう見てもティーンモデルのような『超イケてる』美少女そのもので、今まで彼女のことは全くのノーチェックだった周囲の者たちを騒然とさせた。
更に判明した異世界難民という事実から、時の人、リサ・グレンデルの生涯を想像するものも多く、どこか影のある彼女の雰囲気とも相まって、なかなか話しかけられるものがいなかった。
だがごくごく最近、何か大きな心の変化があったようだ。
現在の彼女は見た目の魅力にプラスして中身も魅力的になった。
チャット欄では『俺も挨拶された!』『私も!』『うそ、私だけされてない!?』などなど、クラスメイトと思われる視聴者から書き込みがされる。
「同じクラスの特権ですね。挨拶されてないというあなたは、タイミングの問題です。彼女だってクラスメイト全員に必ず挨拶してるわけじゃないですから。今度は自分から挨拶してみましょう」
しげはコメントに反応しながら、つらつらと雑感を述べていく。
様々な事柄、学校行事から時事ネタ、明日の天気の話から芸能ネタと。
その中でコメント欄が活性化するトピックがあれば、集中的にそれを話していくようにしている。
今回視聴者が食いついたのは神橋・浦賀中学校、というキーワード。
「そう言えばそろそろ神橋・浦賀中学と我が豊葦原野球部との定例試合がありますね」という話をしたとき、にわかにチャット欄の書き込み速度が早くなったのだ。
正直、豊葦原学院中等部の野球部は弱小だ。対して神橋・浦賀は都大会優勝常連。毎年定例試合も我が方の野球部が破れて終わることが多いのだが、誰もそんなこと気にしていない。
そんなことよりも、我が校は神橋・浦賀中学と比べて圧倒的に負けている要素があった。それは――
「豊葦原学院中等部は、異世界転入生の数という点に於いても神橋・浦賀に負けていましたが、我が校にもついに異世界転入生がやってきました。しかも一気に三人も。これは大変嬉しいことですね」
チャット欄の書き込みが加速する。
『同意』『そのとーり』『俺もそれがいいたかった』と賛同する声が多数だった。
神橋・浦賀中学校は、豊葦原学院のように、同じ敷地内……というほど密集はしていないが、同じ区画内に小中高が並んでいる。
約二年半前に、神橋・浦賀高等学校に一人の異世界転入生がやってくる。
メリア・メリオン。彼女は初代交流大使も務めた獣人種赤猫族の少女だった。
たちまち校内の人気者となった彼女だったが、その彼女が呼び水となり、小学校、中学校にも続々異世界転入生がやってくる。
それがアマァーカス姉弟だった。
長女のアイビーを筆頭に、弟や妹も合わせて6人もの異世界人が転入してきたのだ。
全員が全員、両側頭部に真っ白い羊角を持つ白羊族という獣人種――のハーフであり、母親がこれまた美人な獣人種女性で、当時は地方新聞やネット記事にも取り上げられ、神橋・浦賀中学校は異世界人がいる日本で唯一の学校として有名になった。
魔法世界は統計的に美男美女が多いそうだが、アマァーカス姉弟も実に可愛らしい、あるいはカッコいい容姿の美少女、美男子ばかりであり、本人たちの控えめな性格は、日本人にとっても好ましいものだった。
「そしてここで最新情報です。なんと来る今週の木曜日、マクマティカーズ公式チャンネルにおいて、初のライブ放送を行うそうです」
『キター!』『待ってました!』『同接すごいことになるぞ!』と再びチャット欄が賑わう。
「我が校始まって以来の現役異世界人、そしてそのアイドルユニットの初配信。これは伝説になることは間違いないですね。当日このチャンネルでは、マクマティカーズのライブ放送の実況を行う予定です」
実況とはようするに、しげがマクマティカーズの放送を見ている様子を撮影して、そのリアクションを視聴者が楽しむ放送のことである。
一般的にはアニメなどの実況放送が有名だ。
実況主がアニメ放送に合わせて動画をスタートし、視聴者もアニメの再生を開始。同じアニメを同時進行で見ることで、あたかも一緒に見ているような臨場感を味わえるのである。
「では今日の放送はここまで。お相手は豊葦原系ユーチューバーしげでした。ばいばい」
しげは配信を停止させ、動画をアーカイブ化してアップロードする。
全ての作業を終わらせると「ふー」と息を吐き出した。
「おつかれー、しげくん!」
「いや、マジでお疲れだぜ!」
声をかけてきたのは、クラスメイトの梶原桂樹と塩谷朋哉だった。ずっと画角の外で固唾を呑んで配信を見守っていたのだ。
「ありがとう。悪い、水を取ってくれるか」
「はい、どうぞ」
「すまんな」
配信者である『しげ』とはタケオのクラスメイトである笠間重国であり、いつもこのように自宅の自室からライブ配信をしているのだった。
「相変わらずすごいね、しげくんの放送は」
「全くだぜ。普段は寡黙な男のくせに、配信中はよくあんなに舌が回るもんだ」
「あくまで仕事だからな。演技することも大事なのさ」
配信中はどれだけ集中しているのか、重国の額には薄っすらと汗が浮かんでいた。
「今は学校関係者限定の配信者だが、俺はいずれ世界という大海原に出る。そして第二のヒカキンとなるのだ……!」
目標は大きかった。
実際彼はそのための努力を惜しまない。
話術の練習、ヒトを不快にさせない言葉遣いの勉強、撮影技術、編集技術も独学で学んだ。
特に編集技術の高さは抜きん出ており、知り合いの現役ユーチューバーから有料で動画編集を依頼されることもある(主な収入源はそれであり、機材のカメラなどはそれで購入した)。
現在の放送は学校内向けのため、無償で行っているが、アルバイトが認められる高校からは広告をつけた本物の動画配信をする予定だ。
唯一弱点らしい弱点といえば、資金力不足からくる企画力のショボさだろうか……。
「いやあ、すごいね。その歳でもう自分の将来を見据えているなんて」
「応援するぜ。おまえならヒカキン……は無理でも、そこそこ行くと思うぜ」
「忌憚のない意見をありがとう。あくまで大きな目標を掲げているだけで、あんな化け物ユーチューバーになれるとは俺も思ってはいないさ」
配信が終われば重国も普通の中学生。
友人たちとジュースを飲みながら普通のバカ話に興じる。
桂樹、朋哉もまた、学校の昼休みや放課後のようなノリで笑っていた。
「お、アーカイブ化した動画にもコメントが……」
重国は手元のスマホで自分の動画を確認する。
どんなときでも投稿者とは自分が世に出した作品に対する視聴者の反応は気になってしまうものだ。
動画視聴数は31回。
これは豊葦原学院中等部全体の約8%ほど。
ライブ配信のときは同接で50だった。
つまり合計すれば全校生徒の12.9%が視聴していた計算になる。
「一割を越えれば御の字だな」
重国は苦笑した。
これでよくヒカキンが目標などと言えたものだと。
「どうしたの? 数字よかったの?」
「ああ、いいほうだったよ」
「そいつはよかったな」
こんな風に笑っていられるのも学生のうちだけ。
本当にユーチューバーを目指すなら首をくくる覚悟をしなければならない数字だが、今はまだいい。こうして友人たちと笑い合えるのも貴重だ。いや、待てよ……。
「なあ、お前たち」
「うん、なになに?」
「おう、どうした?」
ふと真面目な顔をした重国に桂樹と朋哉も笑うのをやめる。
いつになく真剣な表情の重国に、二人は首を傾げた。
「俺とユーチューブをやらないか?」
「え、僕らが?」
「おいおい、マジかよ」
桂樹と朋哉は互いの顔を見合わせ、そして改めて重国を見た。
冗談を言っているようには見えなかった。
「俺は本気だ。そしてユーチューブというのは一人で作るよりも、チームで作った方がいいと考えている」
一人の場合は利益を独占できるというメリットがあるが、個人にかかる負担が大きい。
一方チームの場合は、作業を分担できる分、クオリティの高い動画を安定して作れるという強みがある。
「チームで動画を作成して成功しているチャンネルはたくさんある。フィッシャーズやガーリーレコード、土佐兄弟など……」
いずれも男だけのユーチューバーたち。彼らは学生がそのまま大人になったようなノリの企画動画を数多く上げており、若者を中心に絶大な人気を集めている。
「いやあ、急にそんなこと言われても……」
「たまにこうして手伝うのはいいけど、専業となると考えちまうぜ」
「ああ、もちろん返事は今すぐじゃなくていい」
たまにヘルプで入ってもらうだけでも、例えば外泊をしながらのロケを行うとき、運転手やカメラマンを担ってくれるだけでもありがたい。
そうするとヘルプ要員はもう少し多くてもいいか。他に誰かクラスで当てにできそうなやつは……。
「ふむ。タケオ・フォマルハウトも誘ってみるか」
「え、タケオくん!?」
「げっ、あいつかよ」
桂樹と朋哉の反応は真逆のものだった。
かえってそれがおもしろいかもしれない。
「まあまて、なにもクラスメイトのよしみだからと誘うわけではない。計算があってのことだ」
「計算?」
「あいつを誘うことになんのメリットがあるんだよ」
「忘れたか。あいつは我が校の異世界人全員と縁があるんだぞ」
「ああ、そっか」
「正直完全に忘れてたぜ」
タケオ・フォマルハウト。
一応ハーフ。だが見た目は地味で目立たない男だ。
そんな彼はあの異世界美人姉妹、アレスティア、エウローラと異母兄弟だという。
「彼と仲良くなって、そのへんの事情も垣間見えたら面白いネタになると思わないか?」
「そうだね、タケオくんてば自分のこと全然話してくれないからね」
「いや、それをネタにするのってどうなんだ。結構ドロドロした事情がありそうで俺は嫌なんだが……」
チーム全員がイエスマンになるのはよくない。
朋哉のように冷静に反対意見を言ってくれるものは仲間に必要だった。
「まあ彼の事情は別にいい。ただクラスの中で浮いているあの男を巻き込むのも面白いと思ってな。普通に友人関係になれたら楽しいと思わないか?」
「僕はさんせー!」
「まあ、確かに。よく知らないのにウダウダいうのもかっこ悪いしな……」
決定だ。早速近いうちに話をしてみよう。
親しくなれば、自分がタケオに感じている違和感の正体――すなわち、彼には何か大きな秘密がある――に近づくことができるかもしれない。
だが、タケオが抱えている秘密は重国たちが思うより遥かに大きいものだった。
それを知るのはもっともっとあとになってからのことだった。




