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第106話 ライバルと嫉妬と初恋篇⑯ それは、恋と呼ぶには未熟すぎて

 *



「おお、ここがルイスの部屋……なのか?」


「女の子らしくて素敵な部屋……なのね?」


 二階の南、西側にある私の部屋。

 号室で言うなら一号室と言ったところか。


 私の部屋の中に入った途端、お父さんとお母さんの声のトーンが一段下がる。

 予想通りだ。どうぞ、と言って床に座るように促す。


「本当にここがルイスの部屋なのか?」


「誰か別の部屋――空き部屋を私たちに見せているのではなくて?」


 二人が疑うのも無理はない。

 なにせこの部屋には勉強机と小さな収納タンスが一つあるだけ。


 それ以外のもの――布団などはクローゼットの中にしまっているので、なんとも簡素……というか質素を通り越して生活感がまるで無い部屋になっている。


 それも仕方がない。

 荘厳荘にやってきてからまだ一月と少し。


 下着や衣類を最優先で揃え、あとは勉強に必要な鉛筆やノートを買ったのみだ。カーテンだけはタケオくんに言われてすぐに購入したが、装飾品の類は一切ない。


 アレスティアちゃんやエウローラちゃんたちの女の子らしい部屋からすればあまりになにもない部屋だろう。


「それになんだ、その壁にかけてある汚い感じの……これは髪の毛か?」


「なんだか気味が悪いわ。もしかして日本にある魔除けの風習かなにかかしら?」


 それは私が物心つく前から愛用していたお祖母ちゃんお手製のカツラ――ウィッグだった。私の成長に合わせ、お祖母ちゃんが何度も何度も手を入れてくれた思い出の品だ。言われても仕方がないとはいえ、気味が悪いなんて言われると、ちょっとショックだった。


「あのね、お父さん、お母さん。驚かないで聞いてほしいの……」


 私は手早く髪をまとめると、ハンガーにかけておいた黒髪のウィッグを頭から被る。うん、前はあんなに馴染んでいたのに、今では違和感しか無い。私も贅沢になったものだ。


「私はね、タケオくんが拾ってくれた捨て猫なの。だからご主人さまの側からは離れられないんだ」


 冗談めかして言ったつもりだったのだが、お父さんとお母さんは思いの外真顔になっていた。



 *



「ご主人さまだと。それはどういう意味だ。まさかもう既にタケオ・フォマルハウトに手を付けられて――!」


「未婚の女性――しかもヴァレリアの娘に手を出すとは……殺す」


 ヒッ!?

 私の冗談は冗談としてとられなかった。


 お父さんよりもお母さんの方が怖い。

 バキバキっと、指の骨を鳴らしながら立ち上がる。


「ちち、違うの、お願いだから最後まで話を聞いて!」


 私は今にも飛び出して行きそうなお母さんに思いっきり抱きついた。

 抱きついた途端、フッとお母さんの全身から力が抜ける。


「…………娘に抱きつかれた。いい……」


「エルダ、さっきからお前ばっかりずるいぞ!」


「ふふふ……男の嫉妬は見苦しいですよタキオン」


 なんだろう。親とかそういうの抜きにしても私このヒトたちかなり好きかも。


「お、お父さんも、はい、ギュっ」


「お、おお……!」


 お父さんの首っ玉に抱きつく。

 お父さんの首はものすごく太くてたくましい。

 胸板も厚くて、腕なんか下手すれば私の胴体くらいありそうだ。


「あんなに……」


 お父さん? なんか、震えてる?


「あんなに小さくて、私の手のひらの中にすっぽり隠れてしまいそうだったルイスが、こんなに大きくなって……今、私を抱きしめてくれて――くッ!」


 それは男泣きというやつだった。

 やっためたらに泣かないはずの男が涙を流す。

 おそらく15年ぶりに流す嬉しい涙なのだろう。


「と、とにかく、いい子だから私の話を聞いて」


「ああ、ああ……聞くとも」


「ええ、聞かせてちょうだいルイス」


 そして私は自分の人生を話し始めた。

 赤ん坊の頃、日本の田舎に転移してしまった私は、一番最初にお祖母ちゃんに拾われた。


 頭にある猫耳を見て、お祖母ちゃんは私が人間の子供ではないことを悟り、ひたすら正体を隠し続けて生きることを教えられた。


 友達すら作れなかったけど、お祖母ちゃんさえいれば寂しくはなかった。

 でも、お祖母ちゃんは去年亡くなってしまう。


「それから私は東京にいる叔母さんに引き取られたんだけど、あんまり上手くいかなくて……」


 叔母さんに問題がある以上に、私にも問題があった。

 私はかなり気味の悪い子供だった。


 もしかしたら叔母さんは、私が子供らしく泣きついてきたりすることを期待していたのかも知れない。


 でも私はお祖母ちゃんに言われたとおり、自分の正体を隠し通すため、酷い生活環境であっても、それを受け入れて生きていた。


「ごはんもろくに食べられなくて、お風呂にも入れなくて、だんだん見窄らしく、薄汚れていったの……そうしたら、新しい学校でも虐められて……」


「――ッ!?」


「ルイス……!」


 お父さんとお母さんは険しい表情になっていた。

 今抱きしめたばかりの――成長を感じられて嬉しかった娘から、陰惨な過去の告白。とても信じられないと、二人の目は言っているようだった。


「私ね、少し前まではこんな感じじゃなかったの。猫耳を隠すためにずっとこれを被って、下を向いて、俯いて生きてきたの……でもね、タケオくんが助けてくれたんだよ」


 忘れもしない。

 私が完全に自分を見失ったあの日。


 寂しさと辛さからお祖母ちゃんに会いたいと願い、屋上から一歩を踏み出しかけた。もしあのとき、タケオくんが手を掴んでくれなかったら、私は今頃ここにはいない。


「タケオくんがご飯を食べせてくれたの……お風呂にも入れてくれて、それだけじゃなくて、学校でもイジメられないように色々してくれたの。今こうしてお父さんとお母さんと再会できたのも、全部全部タケオくんのお陰なの……!」


 ボロボロと、私の目からは自然と涙が溢れていた。

 なんてことだろう。私は改めて考えてみても、タケオくんから受けた恩義が大きすぎることに気づいた。


 今私が感じている幸福の全ては、タケオくんがくれたもの。

 私は一体どれだけのものを彼から与えられたのだろう。


「ルイス……お前は、タケオくんのことを……?」


 お父さんの問いに、私は首を振った。

 そんなのわからない。この気持ちが恋なのかなんてわからない。


「私はまず、タケオくんと対等になりたい。捨て猫じゃなく、きちんと一人の女の子として見られたいの。だから今は――」


 机の隅に置いておいた棒状のものを手に取り、広げる。

 それは、恥ずかしくて、とてもではないけど部屋に飾るなんてことができなかったもの。


「こ、これは――!」


「綺麗な絵画……いえ、これが噂に聞く地球のふぉとぐらふ?」


 そう、私が広げて見せたのは一枚の大判ポスター。

 マクマティカーズとなった私と、アレスティアちゃん、エウローラちゃんが写っている。デビューライブのときに会場に飾っていたものが余ったので記念にもらってきたものだ。


「私は今ね、地球と魔法世界(マクマティカ)を繋ぐ交流大使のお仕事をしてるの。私は地球育ちの異世界人だから、きっと交流大使を通じて、両方の世界のヒトたちに訴えかけることができると思うんだ」


 異世界難民である私にしかできないことがあるはずだ。

 かつてのアリスさんたちのような、そして現在のリサさんのような活動が、きっとできるはず。


「だからね、今は魔法世界(マクマティカ)には帰れないの。私はわたしに与えられた役割をこなさなきゃいけないから。お父さん、お母さん、ごめんなさい。私のことは忘れてください……」


 ヴァレリア家を継げない私のことは、どうか最初からいなかったものとして、忘れて欲しい。


 それは、お父さんとお母さんとの決別。

 私自身は地球に残るという宣言。


 例えもう二度と会えないとしても、それでも私は自分の使命を全うする。

 そうすることしか、私とタケオくんが対等になれる方法はないと思うから。


 マクマティカーズを通じて、いつか成長することができたら、そのときは改めてタケオくんに自分の想いを伝えたい……。


「ルイス、お前の気持ちはわかった」


「ええ、話してくれてありがとう」


「ううん、こちらこそ、わざわざ会いに来てくれて嬉しかった」


 たった一日だけだったけど、会えてよかった。

 私にはちゃんと血のつながった家族がいるってわかったから。


「だが、お前が私たちの娘である事実は変わらない」


「え、お父さん……?」


「ええ、タキオンの言う通り。例え離れて暮らしていても、あなたは私たちの娘よ」


「お母さん……!」


 そんな、まさか……こんな我がままが許されるなんて。

 胸が詰まって言葉が出てこない。


 ただしゃくり上げながら涙を流す私を、今度はお父さんとお母さんの方から、優しく抱きしめてくれる。


 私たちはしばらくの間、失われた15年を取り戻すよう、三人で抱きしめ合うのだった。

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