第105話 ライバルと嫉妬と初恋篇⑮ タケオの使命と瑠依の意思
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お父さんの突然の発言に、私は驚愕の悲鳴を上げた。
そんな、いきなり結婚だなんて……!
「ちょっと待ってよ!」
「ちょっと待ってください!」
お父さんに物言いをつけたのはアレスティアちゃんとエウローラちゃんだった。
二人は立ち上がると、ツカツカとソファの方までやってくる。
「タケオと瑠依が結婚ですって!? そんなの認められないわ!」
「そうです、認めるわけには行きません!」
アレスティアちゃんとエウローラちゃんが唾を飛ばしながら否定してくる。
うう……そこまで反対されるとなんか悲しくなっちゃう。でもタケオくんと許嫁の二人からすれば当然の反応だよね。
「認められないとはどういうことですかな。これはヴァレリア家の問題。如何なエンペドクレス家のご息女様であろうとも、干渉される謂れはありません」
お父さんは毅然としたものだった。
剣道場ではアレスティアちゃんとエウローラちゃんにも礼儀を尽くしていたのに、今は堂々と反論している。それはそれ、これはこれ、ということなのだろう。
「いえ、ちょっと違うわね。別に瑠依とタケオが結婚するのはいいわ」
アレスティアちゃんはあっさりと自分の意見を翻した。
え、いいの? 私とタケオくんが結婚することは問題ないの!?
その場合、アレスティアちゃんとエウローラちゃんはタケオくんを諦めるってこと?
「ほう……なんでもお二人はタケオくんと結婚するために地球に来たとか。その場合は潔く身を引いてくれるということですかな?」
ナイスだよお父さん。
質問をぶつけられたアレスティアちゃんはというと――
「なんで? 私とローラも結婚するに決まってるでしょ」
異世界の価値観! つまり、三人でタケオくんのお嫁さんになるってこと!? そんなの許されるのかな……?
「それはそちらで勝手に決められたこと。ルイスにはヴァレリア家を継いでもらわなければ。そのためにタケオくんと――」
「だから、結婚自体はいいけど、兄さんを魔法世界に連れて行くのがダメなんです!」
なるほど、そういうことか。
地球での生活を楽しんでいる二人からすれば、タケオくんとの結婚生活は地球で過ごしたいのだろう。
でもお父さんが言うように、私がヴァレリア家に戻る際、タケオくんを連れて行ってしまえばそんな生活もできなくなってしまうと。
「困りましたな。ヴァレリア家には跡継ぎがいない。ルイスに戻ってもらわなければお家は断絶です。あなた方はそれを望むと……?」
「別にそういうこと言ってるんじゃないわよ……」
「そうです、それはあまりにも一方的な見方です」
やっぱりお父さんを相手だと、アレスティアちゃんとエウローラちゃんでも分が悪そうだ。当のタケオくんはというと、落ち着き払った表情でお茶を啜っている。
あれはどういう表情なのだろう。
タケオくんは私との結婚をどう考えているのかな……?
「話になりませんな。では当の本人であるタケオくんはどう考えているのかな?」
ドキン、と私の心臓が跳ね上がる。
さっきもそうだったけど、まるで私の心を読んだようなタイミングだったからだ。私はドキドキする胸を抑えつつ、タケオくんの方を伺う。
私だけじゃない、今や全員の視線がタケオくんに注がれている。
タケオくんは日本茶の入った湯呑をタン、と置くと静かに口を開いた。
「――結婚はしません。俺は地球でやらなければならないことがあります。それを放り出して異世界に行くわけにはいきません」
何も気負うものがない、いつものタケオくんだった。
アレスティアちゃんとエウローラちゃんは「うんうん」と力強く頷いている。
大人たち――お父さんやお母さん、さらにキールさんを始めとした芽依さん、リサさん、アリスさんは、タケオくんの真意がわからず怪訝な顔をしていた。
「では、先程は何故ルイスを巡り、うちのキールと勝負などしたのかな?」
「それはそいつが一方的に、地球にいる瑠依が不幸だと決めつけていたのが気に食わなかっただけです」
「アレスティア様とエウローラ様と結婚をするから、ルイスはいらないと?」
「そんなことはありません。というか俺にとってこいつらは腹違いとはいえ妹です。そもそも結婚の話は親同士が決めただけで、俺にそのつもりはありません」
「タケオ!」
「兄さん!」
アレスティアちゃんとエウローラちゃんが叫ぶ。
私も周りにみんながいなければ叫んでいたかも知れない。
でも、タケオくんはやっぱりタケオくんだ。
何も変わってない。何もブレていない。
大人たちを前にしても、彼の意思は一切揺らがない。
そんな彼の姿を見て、らしいなあと思ってしまう。
「タケオくんの意思はわかった。キミにその気がないのなら、ルイスは魔法世界に連れて帰る。構わないね?」
「瑠依がそれを望むのなら俺は構いません」
「仮にルイスが帰ると言ったら、キミは引き止めないと?」
「俺は彼女の意思を尊重します」
なんだろう、お父さんはタケオくんに何かを言わせたがっているのだろうか。
それは私への思いだったり、好意なりを口にするのを期待しているのだろうか。
「話にならないな。キミは決断することを恐れているようにしか見えない」
お父さんの言葉は厳しいものだった。
だが言われたタケオくんは反論せず、静かにそれを受け入れている。
「このおっさん、こっちの事情も知らないで……!」
「そうです、兄さんはあのカー」
「ぴぴ!」
「るる!」
何かを言いかけたエウローラちゃんを精霊獣二体が慌てて止める。
ピピは口を隠すよう羽ばたき、ルルは口を塞ぐようにエウローラちゃんの顔面に巻き付いた。
「カー……なんですかな?」
「むぐぐ――ぷはっ! な、なんでもありませんッ!」
エウローラちゃんは悔し涙を目尻に浮かべながら叫んだ。
なんだろう、何を言いかけたのだろうか。
私の知らない秘密が、あの三人はあるのだろうか。
「ふー……では、ルイス。荷をまとめなさい。今日中に魔法世界へ行こう」
それは最後宣告だった。
お父さんの口調は穏やかだったが、強い意思が感じられた。
私を必ず連れて帰るという意思だ。
「ルイス、あなたに相応しい相手もすぐに用意してあげるわ。何も心配しないでね」
「お母さん……」
お母さんは身を乗り出し、私の手を握ってくる。
お母さんはまだ三十歳を少し過ぎたばかりだと思う。
その手は、ところどころ固いところがあったり、傷が付いていたり、苦労を重ねてきたことが伺える手だった。
「お父さん、お母さん……異世界に行く前にお話があります」
私は覚悟を決める。
強い意思を持つお父さんを説得するため、私の強い意思をぶつける。そのための覚悟を。
お父さんとお母さんは互いに顔を見合わせ、「いいだろう」「何でも聞かせてちょうだい」と言ってくれた。
よし、頑張るぞ……!
*
「じゃあ、あの……二階にある私の部屋で」
さすがに皆の前で話すのが恥ずかしかった瑠依は、自分のプライベートルームへと場所を移す提案をする。
「ほう、地球でルイスが暮らす部屋か」
「とっても興味があるわあ」
タキオンとエルダは興味津々といった様子で立ち上がる。
気を利かせたアリスが「どうぞこちらをお持ちください」と新しい飲み物が乗ったお盆を瑠依へと渡した。
「じゃあ、こっち……です。ついてきて」
三人分の飲み物を持ちながらヨタヨタと歩く瑠依。
その手からサッとお盆をひったくると、タキオンは片手で微動だにせず持った。
「エルダ」
「ええ」
スッとリビングの扉が開かれ、瑠依が案内をする形で先頭に立つ。
パタンと扉が閉じられ、親子の足音が遠ざかっていった。
「き、気になる……! ローラ!」
「ええ、こっそり盗み聞きをしましょう!」
そう言って後を追おうとする二人の襟首を芽依がムンズと掴んでいた。
「やめときなさい」
「三人だけにしてあげましょう」
芽依とリサにそう言われ、でも諦めきれない二人は反論した。
「だって、瑠依いなくなっちゃうかもしれないのよ!」
「そうです、絶対にそんなことさせません……!」
「させないって言っても、親子の問題なんだから。いくら友人でも立ち入っちゃいけない一線があると思うわ。ね、タケオくん?」
「ええ、まあ……」
半分当事者のようなタケオにまでそう言われてはどうしようもない。
アレスティアとエウローラはガックリとうなだれた。
「それにしても久しぶりですね、芽依さん、リサさんも」
「そうね、積もる話もあるし、久しぶりにあいつの部屋で話そうか」
「いいですね。他の皆さんにも電話してみましょうか」
どうやら衣笠家の嫁たちはガールズトークに花を咲かせる予定らしい。
アリスが手早くお茶を五人分淹れ、リサが先導して扉を開けてくれる。
芽依に襟首を掴まれたアレスティアとエウローラはプラーンと、持ち上げられたまま、連れて行かれる。
「ちょ、なんで私たちも!?」
「そ、そうです、私たち関係ないでしょう!?」
「ほっとくと絶対盗み聞きしに行くでしょあんたら」
「怖がらなくて大丈夫ですよ。将来の勉強だと思って私たちのトークに耳を傾けてください」
「まあ、アリス姉様ったら。この二人にはいささか刺激が強すぎると思いますよ」
「ど、どんなエッチなこと話すつもり!?」
「ちょっと――いえ、かなり興味がある自分が悔しい!」
どうやらこの荘厳荘で一番大きな部屋――管理人室へと連行されるらしい。
リビングに残されたタケオは一人、「ようやく静かになったな……」と独りごちる。だが――
「トレンナ・ディミー(俺をもてなせ)」
親子の会話が行われると気を利かせたキールは、一人残っていたタケオに絡んでいた。
「…………めんどくせえ」
などと言いながらもタケオはキールに椅子を勧め、茶を淹れてやるのだった。




