第101話 ライバルと嫉妬と初恋篇⑪ 決着!?〜獣人種VS吸血鬼の戦い
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(奇っ怪な構えに奇っ怪な武器。全てがまやかし。くだらん……)
周囲が固唾を飲んで二人の戦いを見守る中、キールの心は一人冷めていた。
キールは武家の名門ヴァイシオン家に生まれたエリート軍人である。
複数の列強氏族を取引相手に持つヴァイシオン家は、その類まれなる剣の腕を貸与することによって、獣人種の世界では太いパイプを各氏族たちと繋いできた。
キールがまだ2歳のとき、歳の離れた姉であるエルダに最高の幸せが舞い込む。それはヴァレリア家当主との婚約。
ヴァイシオン家最強の剣士だった姉は、列強氏族ヴァレリア家へと奉公へ出て、そこで次期当主タキオンに見初められた。
これは大変な名誉であり、エルダはもちろん、ヴァイシオン一族も喜びに湧いた。
だが間もなく悲劇が襲う。
生まれたばかりのヴァレリア家の長女ルイスが何者かによって拐かされたのだ。
文字通りヴァレリア家とヴァイシオン家は血眼になってルイスの行方を追った。だがルイスが見つかることはなかった。
タキオンとエルダは憔悴し、一時は身体を壊すこともあったが、それでも娘の身を案じ続け、探すことを諦めなかった。
領内はおろか近隣諸国にまで捜索の手を伸ばしたとき、雷狼族のラエル・ティオス王から新たな情報を得ることができた。
なんでも神々のいたずらにより、我らが住んでいるこの世界とは異なった世界『地球』に、少なくない同胞たちが迷い込んでしまっているという。
拐かしでも家出でも逃避行でもなく、ある日突然ヒトが、知らない世界へ『転移』する現象が起こったのだと。
キールは眉唾な話だと思ったが、当のタキオンとエルダはその話に食いついた。もはや眉唾でもなんでも、それくらいしか縋れるものがなかった。
そして実際、獣人種の領内においても、どこからどうみてもヒト種族にしか見えないが、ヒト種族でも、獣人種でも、ましてや魔族種や長耳長命族でもない、まったく未知の言語を話す者がいることが判明する。
高名な風の精霊と水の精霊の力により、その者の言葉を聞いてみるに、ある日突然、わけも分からず見知らぬ世界へとやってきたという。
神々のいたずらにより、魔法世界と地球の民が、等量ずつ転移してしまった奇っ怪な現象。そしてその被害者たち――異世界難民。
ルイスもまた、拐かしなどではなく、地球に転移してしまった可能性が高いと。
あれから数年。ようやく待ちに待った日がやってきた。
異世界と地球との交流が始まり、異世界難民の捜索も本格化した。
そしてついに、ルイスの行方が判明する。
15年。15年もの月日が経ち、ルイスは立派な大人になっていた。
本来なら列強氏族の子女として、何不自由なく暮らしてこられたはずなのに、聞けば育ての親が亡くなってからは、都会で一人大変な苦労をしてきたという。
(ルイス様は辛いだけの地球を離れ、タキオン様とエルダ様の元で幸せに暮らすべきなのだ……!)
そのためには今、目の前にいる男が邪魔である。
タケオ……とか言ったか。この男をルイスの目の前で叩きのめし、後顧の憂い無く地球をあとにする。
キールの決意は固かった。
タケオの一撃を受けるまでは。
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身体を低く、左拳を突き出し、右手首に固定した竹刀を後ろに。
タケオくんの姿勢は号砲を待つ短距離選手か、あるいは今にも飛びかからんとする四足獣のようだった。
「タケオのやつ、あそこからどうやって攻撃を……!?」
「でも兄さんの構え、かなり様になってます……!?」
アレスティアちゃんやエウローラちゃんですら、タケオくんがどのような攻撃をするのか未知数のようだった。もちろん私にだってわからない。
先に動いたのはキールさんだ。
いや、正確には先に動こうとしたのはキールさんだった。
キールさんの初動を察知したタケオくんは、その初動を凌駕するほどの速さで対応してみせたのだ。
床が爆ぜた。それがタケオくんが後ろ足で床を踏んだ音だと気づく前に、タケオくんの姿がかき消える。
「――ッッ!?」
キールさんが息を飲む声がした。
そして気がついたときには、右手に固定した竹刀を斜めに振り下ろすタケオくんが、キールさんに肉迫していた。
「なッ、にぃ!?」
それは竹刀を振り下ろすというより、身体全体で殴りに行くような一刀だった。
タケオくんの体重+瞬きのスピード。それはどれほどの衝撃になるのか、魔法によって身体能力を強化しているはずのキールさんであっても膝を折るほどの攻撃だった。
「くッ、正直驚いたぞ。だが、この程度では――」
「本命はこっちだ」
「――ぐぶッ!?」
くぐもった悲鳴。
次の瞬間、キールさんの身体がくの字に折れ曲がり、そのまま吹き飛ばされる。
唖然とするしかなかった。
道場には壁に叩きつけられ、激しく咳き込むキールさんの声だけが響く。
タケオくんは――拳を突き出した姿勢のまま、再び油断なく、キールさんを見下ろしていた。
「な、何今の攻撃……エグすぎッ!」
「ヒトが水平に飛んだ……!?」
アレスティアちゃんとエウローラちゃんの言葉は私の内心そのものだった。
今のはタケオくんが体ごとぶつけるような渾身の一刀を放ち、それを自身の竹刀で受けたキールさんと鍔迫り合いになった――かに見えたが、密着した状態からタケオくんが凄まじい拳打を放ったのだ。
がっしり体型のキールさんが道場中央から端っこまで吹っ飛ぶほどの威力。細身のタケオくんからは考えられないパワーだった。
「貴様……ッ、剣の勝負で、拳を使うなど――恥を知れ!」
キールさんは竹刀を杖代わりにしながら立ち上がっていた。
でも完全に足に来ている。今にも倒れてしまいそうだった。
「し、師匠! そやつの反則負けにしてください!」
「いいえ。今の攻撃は有効よ」
「そ、そんな……! これは剣の勝負では!?」
「違うわ。あなたの得意な獲物が剣だったから、剣を持つことを許可しただけ。あとはそれをどう使おうが関係ない。タケオくんの剣の一撃を防いで、それ以上追撃がないと油断したあなたが悪いわ」
「くっ……!」
キールさんは燃えるような瞳でタケオくんを睨んだ。
そしてフラつきながらも道場の中央へと戻る。
「勝負は、まだついてない……!」
まるで血を吐きながら言っているようだった。
だが、素人目に見ても、既に勝敗は決していた。
「キール、無理をしないで」
「いいえ、戦います……例え死んでも、タキオン様とエルダ様のために……!」
芽依さんの制止も振り切って、キールさんは竹刀を構えた。
鬼気迫るというのはこういうことを言うのだと、生まれてはじめて理解した。
私も、そしてアレスティアちゃん、エウローラちゃん、剣道部員たちもまた、そのあまりの迫力に絶句していた。
「タケオくん」
「わかりました。次できっちりトドメをさします」
タケオくんは再び身を低く、例の構えをとった。
キールさんは竹刀を構えるだけで精一杯だ。
そこにまたタケオくんのあの攻撃を食らったらどんなことになるのか。
これは私がどうにかしなくちゃいけないことなのではないだろうか。
私が本当にヴァレリア家の娘なら、彼を止められるのは、この場において私以外にいないのではないだろうか――
「はあ、はあ、はああ……往くぞ!」
「その覚悟だけは認めてやる……!」
再び戦いが始まる。
私は「ま、待って」と声を上げかけ――
「そこまでッッッ!」
ズシンッッ……! と、道場全体が揺れた。
あまりの声量に頭がクラぁっとしてしまう。
ぼやける視界のなか、入り口に目をやれば、そこには――
「双方そこまで。これ以上爭う必要はない!」
短く刈り込んだ赤毛の髪に、赤い猫耳。
そして威厳に満ちた服装。
どこからどう見ても只者とは思えない壮年の獣人種男性が立っていた。




