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第100話 ライバルと嫉妬と初恋篇⑩ キールの実力とタケオの戦闘準備

 *



「どうした、でかい口を叩いていた割には情けないな」


「へッ、言うだけのことはあるじゃねえか……!」


 ああ……私は思わず両手で目を覆ってしまう。

 タケオくんが、床に倒れている。


 ものすごい速度での一撃をくらい、竹刀で防御したにも関わらず吹き飛ばされてしまったのだ。


 僅か十数秒前、芽依さんが「始め!」の号令をかけた途端、キールさんが鋭い踏み込みと共にタケオくんへと突進。それはまさしく瞬きの間で、私たちの目にはキールさんの姿がかき消えたように見えた。


 竹刀を大上段から振り下ろすキールさん。とっさにタケオくんは自分の竹刀を盾にしたものの、バヂンッッ! と、竹刀同士がぶつかったとは思えない音が響き、タケオくんの身体は真後ろに吹き飛ばされてしまう。


「うそ……」


 呟きを漏らしたのはアレスティアちゃんだ。

 見れば彼女は目を見開いて驚愕しており、エウローラちゃんはムッとした表情でキールさんを睨んでいた。


 私も驚いた。180センチはあろうかというタケオくんが宙を舞うほどの一撃。あんなの自動車と正面衝突するのと同じくらいの衝撃ではないだろうか。


「タケオくん、大丈夫? 無理ならここで終わりにしましょう」


「いえ、問題ないです」


 道場の隅っこまで飛ばされたタケオくんは、軽く腕を振りながら立ち上がる。

 そしてキールさんが待ち構える道場の中央まで戻った。


「ふん。よくぞ防御した。それだけは褒めてやろう。その顔面を叩き割ってやるつもりで振り下ろした一刀だったのだがな」


「やっぱりか。商売道具でな。万が一にも顔だけは傷つけられるわけにはいかねーんだよ」


「男のくせに何と女々しいことを。貴様のような気色の悪い男、ルイス様にはふさわしくない」


「血縁者だか親戚だかしらねーが、お前がアイツの何を知ってるってんだ。つい最近知り合ったばかりの俺と大して違いなんてないだろうに」


「それでもルイス様は家族の元に帰るべきだ。多少時間は必要だろうが、心から笑えるときがきっと訪れるだろう」


「…………俺がさっきからムカついてしょうがないのはな、なんで地球で暮らしてる瑠依が、不幸で可哀想で、一個も笑顔を見せたことがないって決めつけてんだよてめえは!」


 今度はタケオくんから仕掛けた。

 思いの外素早い踏み込みで、キールさんの胸を狙い突きを放つ。


 だが、キールさんはその突きを体捌きだけであっさり躱すと、突き出され伸び切ったタケオくんの竹刀の上を滑らせるよう、横薙ぎの剣を振るう。


「うおおッ!?」


 またしても、タケオくんの顔面が打たれる!?

 私はその瞬間、情けなくも目を瞑ってしまっていた。


「兄さんッ!」


 エウローラちゃんの声にハッと目を見開く。

 タケオくんは顔面をカバーしつつ、床を転がることで、なんとかその一撃を避けることに成功していた。


「やはり地球人は大した運動能力を持っていないな。反応は出来ているようだが、身体がまるで追いついていない。ルイス様も、地球で暮らしているうちに、すっかり貴様たちに毒されてしまったようだ。お見受けしたところ、並以下の運動力しか持ち合わせていない」


 それは……私が正体を隠して生きてきたから。

 決して毒されたわけではなく、私がそういう生き方をしてきた結果なのだ。


 もちろん、お祖母ちゃんに言い聞かせられて育てられたというのも大きい。お祖母ちゃんは何よりも私が人間ではないことがバレるのを恐れていた。


 亡くなる直前まで、ずっと私のことばかりを心配していた。それなのに、キールさんの言い方ってあんまりだと思う……。


「タケオくん、早く起き上がって。試合放棄と見做すわよ」


「大丈夫です、まだやれます」


「ちょっと待って!」


 ここで物言いをつけたのはアレスティアちゃんだった。

 彼女は頭の上にルルを乗せたままズカズカと対峙する二人の元へと向かう。

 そしてキールさんを下から思い切り睨みつけた。


「あんた、試合中ずっと魔法使ってるでしょ。わかるんだからね。ちょっとこいつだけ卑怯じゃないの審判!?」


 魔法を使っている?

 それはどういうことだろうか――


「お言葉ですがアレスティア様。これは男同士の真剣勝負です。口を挟まないでいただきたい」


「あんたね、タケオは魔法が使えないのよ、不公平でしょう!?」


「いいえ、不公平じゃないわ」


 抗議を却下したのは芽依さんだった。


「試合前に剣での勝負でもいいかと聞かれて、タケオくんはこう答えた。『そちらに合わせる』と。したがって魔法――正確には魔力による肉体の補助を行っていたとしても反則にはしません」


「そんな……! 芽依、あんたどっちの味方なの!?」


「どちらの味方でもないわ。でももちろん、タケオくんが抗議するというのならこの試合は無効にします。――どうする、タケオくん?」


「続けますよ。この試合は賭けてるものがデカイんでね」


 そんな……!

 私はタケオくんの続行宣言に内心で悲鳴を上げた。


 タケオくんとキールさんの実力差は明らかだ。

 しかも相手は獣人種で、俊敏性に優れた赤猫族。

 さらに身体も逞しくて剣での戦いにも有利だ。


 一方のタケオくんは普通の中学生。

 戦いの経験なんてあるはずもない。


 それなのにどうして戦うの?

 どうして自ら進んで傷つこうとするの?


(――いや、違う……!)


 私はなんて愚かなんだろう。

 タケオくんが戦っているのは私のためだ。


 私の今の生活を守るために、その意思を貫き通そうとしてくれているのだ。

 例え相手の方が強くて、自分が打ちのめされることになろうとも、私のために――


「タ、タケオくん、頑張ってッ!」


 私は、道場中に響き渡るほどの大声を出していた。

 唐突に声を上げたからみんなびっくりしてる。

 さ、最近ボイトレもしてるからボリューム間違えちゃった。


「おう、任せとけ」


 タケオくんはぶっきらぼうにそう答えると、アレスティアちゃんに「そういうことだ、下がってろ」と命令する。アレスティアちゃんは渋々引き下がった。


「ルイス様……どうしてこの男の肩を持つのですか!」


 キールさんが顔を青くしながらそう訴えてくる。でもごめんなさい、今の私はどうしてもタケオくんのことを応援をしたい。そして無理とわかっていても、タケオくんに勝ってほしいと思っている。


「どうしてもこうしても、お前の立ち回り、悪役にしか見えないぞ」


「うるさいッ! 誰が悪か! タキオン様とエルダ様からルイス様を奪おうとする貴様の方がよっぽど悪だわ!」


 竹刀を構えたキールさんの全身からブワっと圧力のようなものが放たれる。

 もしかしてアレが魔法……いや、魔力というやつなのだろうか。


 対するタケオくんは、竹刀を構えることはせず、だらりと腕を下げ、無防備のままだ。いや、竹刀を持つ方とは反対の手を大きく上げる。そして――


「タイムだ! 一回待った!」


 だあッ! と、私たちはずっこけそうになった。

 あまりの緊張感に、前のめりになっていたところでこれだ。

 勢い余って転びそうになってしまった。


「――待て! ……どうしたのタケオくん」


「相手が素のままでくるなら、俺もそれに合わせようと思ったけど、魔力まで使ってるなら話は別です。戦うための準備をさせてください」


「貴様、今更なにを――」


「認めます。手早く準備して」


「了解」


「し、師匠〜!」


 キールさんは不満そうだったが、私たち――私とアレスティアちゃん、エウローラちゃんはホッと胸をなでおろす。


「悔しいけど、あのキールってやつ、マジ強いわ」


「え、そうなの?」


「多分ヴァレリア家の中でもトップの実力者じゃないですか。まだ若いのに大したものです」


 魔法世界基準の強さを知っているアレスティアちゃんとエウローラちゃんがそういうのだから、本当にキールさんは強いのだろう。でもそうするとますますタケオくんのことが心配になってくる。そのタケオくんはというと――


「すみません、小太刀はありますか?」


「え、小太刀、ですか?」


 なんと、今まで呆然と試合を眺めていた女子剣道部員に話しかけていた。


「ありますよ。小太刀というとこれになりますが」


 戸惑う女子部員たちに代わって、顧問の城山さんが実物を見せている。ああ、小太刀って短い竹刀のことか。


「ちょっと短すぎますね。大体1メートルくらいの長さだと助かるんですけど」


「ああ、それでしたら、ちょうど練習にくる小学生用の竹刀がありますので。松尾さん」


「はい、どうぞこちらをお使いください。長さは111センチあります」


「お、ちょうどいいかも。重ね重ねすみません、テーピングも借りていいですか?」


「あ、あの、私のでよければ……!」


「ありがとう」


 なんだろう、高校生のお姉さんたちと会話してるタケオくんを見てると無性に――


「ムカつく……!」


「おもしろくないね」


 どうやらアレスティアちゃんとエウローラちゃんも私と同じ気持ちのようだ。

 話しかけるなら城山さんだけでよくない? 私たちの前で他の子に気安く声かけるなんて信じられない……!


「おい、遅いぞ。早くしろ」


「急かすなよ。もう少しで終わる」


 焦れたようなキールさんに、タケオくんは飄々としたものだった。

 中央に戻りながら、小学生用の短めの竹刀を右手に握り、くるりと逆手に持つ。

 そして何を思ったのか、竹刀を逆手に持ったまま、ぐるぐるとテーピングで固定し始めた。


「こんなもんか。三……いや、二回が限界かな」


 呟くタケオくんはなんとも変わった姿になっていた。

 竹刀を肘側に急角度で握り込み、動かないようにテープでガチガチに固めてしまっている。


 あんな風に動きを限定してしまうことは明らかに不利。

 素人目の私たちにもそう思えた。だが――


「待たせたな。いつでもいいぞ」


 低く腰を下ろし、身体は半身に。

 左の拳を大きく突き出して、竹刀を固定した右手は後ろ手に。


 そうして構えたタケオくんは、最初に竹刀を構えていたときよりも遥かに、強そうに見えた。


「貴様は……!?」


 キールさんも、今のタケオくんが先程とは違う雰囲気を纏っていることに気づいたようだ。


 そう、タケオくんは背は高いけど、細身でダイエットばかりしていて、戦いなんてしたことがないヒトのはず。でも今の彼からは明らかに強者のオーラが伝わってくる。


 それにあれ?

 気のせいかな、分厚い眼鏡の奥が赤く光ってるような……?


「ふうん。これはちょっと予想外。でもようやくおもしろくなりそうね」


 芽依さんはそう口にしたあと、再び審判の顔つきになって「始め!」と宣言するのだった。

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