第10話 迷い猫をプロデュース⑩ 中庭の特訓
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「ひいひい、ぜえぜえ……!」
「ほらほら、何休んでる! 休憩は終わっただろう! 止まるな! ゆっくりでもいい、走り続けるんだ!」
タケオの檄が飛ぶ。
瑠依は広い中庭を走っていた。
正確には走らされていた。
白亜の豪邸。
改めて明るい時分にタケオの家を見てみると、あまりにもすごすぎて瑠依はあんぐりと口を開けることとなった。
広い。敷地がとにかく広すぎる。
学校の校庭くらいあるのではないだろうか。
そこは全面芝生になっていて、所々に散水用のスプリンクラーがあり、定期的に水のシャワーが振りまかれたりしている。
芝生は風に揺れ、サワサワと音を立て、水のシャワーが捲き上げられると、陽光を反射して虹色に輝いた。
ああ、いいなあ……と瑠依は思った。
草の上に立っていると田舎にいた頃を思い出す。
裏山には展望台になっている草地があって、そこは瑠依のお気に入りの場所だった。滅多にヒトが来ないそこでだけは、瑠依はウィッグを脱いで、猫耳を曝け出していたものだが――
「お前、絶望的に体力ないな。たかが400メートルくらい走っただけなのに」
「ひぃはあ、ふう、へえ……だって、私、今まで運動なんて、したこと、ない……!」
本当である。正体がバレるのが嫌で、田舎の小学校でも、ずっと体育は見学だった。プールにも入ったことはない。修学旅行や合宿のたぐいも行ったことがなかった。
「まあ最初はこんなものか。そのまま日向ぼっこしてろ。ほれ」
「?」
タケオが水筒を渡してくる。変わった形の水筒だ。瑠依はポン、と飲み口の蓋を上げて中身に口をつける。
「ううっ、なにこれ変な味……?」
「水に溶かしたEAAが入ってる」
「いーえーえー?」
「エッセンシャル・アミノ・アシッドっていってな。体内で合成できない必須アミノ酸だ。お前は栄養状態があまりよろしくないから、通常の食事以外にもサプリメントで補っていく。今朝の食事もタンパク質多めだったしな」
「そ、そうなの……?」
まさか栄養面まで考えて食事を作ってくれていたなんて。タケオはへたり込んでしまった瑠依に説明を続ける。
「今こうして陽の光を浴びているのも意味がある。紫外線を浴びることで体内ではビタミンDが作られる。ビタミンDはカルシウムやリン、ビタミンが体内に吸収されるのを助けてくれる。朝食べた食事に含まれるタンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラル、カルシウムが今、栄養の枯渇したお前の身体に吸収されているんだ」
「へええ……」
瑠依は感心してタケオの話に耳を傾けていた。
なんだかそんな風に自分の身体のことや、普段口にしている食べ物のことを意識したことはなかったからだ。
でも確かに、いつもなら少し動いただけで息切れをしているこの身体も、今は大分落ち着いている。あれほど荒かった息はすでに整い、体の奥から力が湧いてくるようだ。
「適度な運動、適切な食事、そして睡眠。これだけでヒトは必ず健康になれる。なれなきゃそれは病気だ。お前も一週間もすれば人並みの運動能力がつくだろう」
「う、うん……」
それにしてもと瑠依は思う。
タケオはどうしてこんなにいろいろなことを知っているんだろう。
タケオとは一体何者なのか……。
見た目がぶっきらぼうそうなのに、中身はぜんぜん違う。
世話焼きだし、料理が上手だし、いろいろな知識を持っているし。
もし昨日、タケオが屋上で引き止めてくれなかったら瑠依は今ここにいない。
それどころか自分の家にまで泊めてくれて、瑠依がこれからもやっていけるように、根本的な解決方法まで提示してくれる。
(私は化け猫だけど、このままタケオくんの家の猫になっちゃおうかな……)
昨日出会ったばかりなのに、もうそんなことを考えてしまうくらい、瑠依はこの場所は居心地がいいと感じ始めていた。
「おい、俺の話聞いてるのか?」
「え、あ、ごめん、なんだっけ……?」
芝生の上であひる座りをする瑠依を、上からタケオが覗き込んでいた。
あ、こめかみのあたりに青筋が……。
「休憩は終わりだ。一度お前の体力の底を見極める。というわけでランニングあと5本だ」
「ひえええっ!」
私は今日死ぬかもしれない……!
瑠依は足腰立たなくなるまで走らされるのだった。




