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河童奇譚  作者: 逢汲(あきゅう)
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第四話 水を得た河童

翌朝、葵は鳥の声で目が覚めた。

明るい春の陽気が、桜の花びらと一緒に部屋の中に入ってくる。

葵は自分が春の部屋にいることに気づいた。確か昨日は冬の部屋で夕ご飯を食べながら、そのままコタツで眠ってしまったような…


葵は布団から出て、庭に出てみた。

庭の草木が朝露に濡れている。露が陽の光を反射して、庭の緑をつやつやと輝かせている。


カンッ、パカンッ


と、どこかから薪を割る音が聞こえてきた。

耳を澄まして聞いてみると、薪割の音は屋敷の反対側から聞こえてくるようだ。葵は屋敷の壁伝いに、薪割の音がする方へ行ってみた。すると屋敷を回り込んだ先に、瑞穂が薪を割っている後ろ姿が見えた。


「神様も薪割とかするんだ…」


神様が働いている姿には少し違和感を感じた。神様というと、なんとなく毎日遊んでいるようなイメージだ。葵は瑞穂に気づかれないようにそっと引き返そうとした。

するとすぐ後ろから、


「あんたここで何してんだ?」と声をかけられた。


葵は不意をつかれて「ひっ」としゃっくりのような声をだした。

声をかけてきたのは猫のゴンだった。


「別に盗み見してたわけじゃないよ!誰が薪割ってるのかなって思っただけ」

葵は慌てて弁解した。すぐ後ろに来るまでゴンの気配に全く気付かなかった。さすが猫だ。


「あっそ」と言ってゴンは葵が立っている所のちょうど後ろにあった納戸を開けて何か取り出した。槍だ。いや槍というよりこれはもりだ。


「川に魚獲りに行くけど行くか?」ゴンは自慢げにもりを肩にかけながら聞いた。

川!河童の本能が騒いだのか、葵は「行く!」と即答した。


「瑞穂も田植えに行くって言ってたから薪割終わったら一緒にいくかなぁ」


(え、神様って田植えもするんですか。働きすぎじゃない…?)

葵は働き者の神様をなかなか受け入れられなかった。



ゴンと葵は、台所から取ってきたカラメル焼きのような食べ物を縁側で食べながら、瑞穂が薪割りを終えるのを待つことにした。


「そういえば昨日、もしかして誰か春の部屋まで私のこと運んでくれたの?」

葵は自分がどうして春の部屋で寝ていたのか気になっていた。ゴンか瑞穂が抱えて連れて行ってくれたのだろうか。


「え?ああ、おまえコタツから出て、『布団~布団~っ』て言いながら部屋の中這ってたんだよ。だから春の部屋に布団敷いてやったんだ。そしたら春の部屋まで這って行って布団に潜り込んでたぞ」


(なっなんて醜態をさらしてしまったんだ!しかも誰かにお姫様だっこされたのかもなんてちょっとでも想像した自分が恥ずかしいィイ!現実はそんなに甘くないよね。異世界に来たって現実はツライよ!)


「瑞穂はおまえが這ってるの見ながら爆笑してた」とゴンは思い出し笑いしながら言った。


(おぉぅ。またやつにバカにされるネタを提供してしまった…)


「でもあいつが、冬の部屋は寒いだろうから春の部屋に布団を敷いてやろうって言ったんだ。よかったな風邪ひかなくて」ゴンは爽快に葵の肩をぽんぽん叩いた。


(いやもう、そんな姿見られるくらいなら、いっそそこらへんに転がしておいてくれた方がよかったです…)


ゴンの話を聞いた葵の心とは裏腹に、今日はとても良い天気だった。朝露に濡れる庭を眺めながら朝ご飯を食べていると、落ち込んだ心も少しは晴れる気がした。

そしていつのまにか薪割の音がやんでいる。


「さあ、そろそろ行こうか!河童改め、イモムシ君」


瑞穂が支度をして、葵とゴンの後ろから声をかけてきた。

振り返らなくてもあの意地悪なほほ笑みがこちらを見ているのが分かる。


「はーい、神様」


と、葵は庭に転がっている小石を見つめながら答えた。




葵、瑞穂、ゴンの三人は畦道を歩いてゴンお気に入りの川に向かった。

昨日は分からなかったが、屋敷の外は見渡す限り田んぼだった。田んぼの他に、民家のようなものも所々にぽつんぽつんと見えるが、その他に見えるのは山くらいだった。葵はとんでもない田舎だなあと思った。

瑞穂は田に囲まれている畦道を歩いていると、いっそう機嫌が良さそうだ。なんとなく足取りが軽い。自分の属性に近い場所に行くと力が増す。とゴンが言っていたとおりだな、と葵は思った。




十五分ほど歩いたろうか。目的の川が見えてきた。透きとおった綺麗な水の川だった。水面がきらきら輝いていて眩しい。

川に着くやいなや、ゴンは、ばしゃばしゃと水の中に入っていった。


「葵も入れよ!」とゴンが叫ぶ。


「え!春の川なんて冷たいでしょ!心臓止まっちゃうじゃん!」

夏ならまだしも、春の川なんて絶対冷たいに決まっている。

躊躇している葵に、


「河童が何言ってんだ」


と言って瑞穂が葵の背中を後ろから勢いよく押した。

不意をつかれた葵はバランスを崩してそのまま川にダイブしてしまった。


どぼんっ。


葵が落っこちたところは少し川がカーブになっていて、川底が深かった。頭のてっぺんまで水の中に沈んだ葵は恐る恐る目を開けた。


すると、今まで見たことのない色、形の魚たちが水中を泳いでいるのが見えた。川底には大きなカニもいる。葵は目の前を泳いでいく魚たちに目を奪われた。綺麗な色の美しい魚や、時々ぎょっとするような顔つきの魚もいたりして面白かった。

そろそろ息が苦しくなってきたなと思って水面に顔をだすと、ゴンはすでに川から上がっていた。ゴンが持ってきた銛には大きな鯛のような魚が刺さっている。本来鯛は海の魚のはずだが、もっと変てこりんな魚もたくさんいたのだ、鯛くらい川にいたって不思議じゃない。


「すごい。やっぱり魚とるの上手なんだね。こんな大きな魚すぐに仕留めちゃうなんて」

葵がそういうと、


「今日は手こずった方だよ。一時間もかかった」


「え?一時間?」

一時間とはなんの話だろう。


「おまえ一時間ずっと川にもぐってたの気づかなかったのか?」


瑞穂に突き飛ばされて川に落ちてから上がるまで、せいぜい数十秒ほどだと思っていた。

考えてみれば、ゴーグルもなしにあんなにハッキリと水の中のものが見えるのも不思議だ。きっと河童の能力なのだろう。



そういえば瑞穂はどこにいったのかと辺りを見渡すと、遠くの方の田んぼで苗を植えている瑞穂がみえた。

葵はその姿を見て、ほんとに働き者だなあ、と感心してしまった。そして瑞穂が田植えをしている姿を見ていると、自分もまた川に入りたくなってきた。今度はゴンみたいに食べられそうな魚を獲ってみよう。


葵はもう一度、川にダイブした。

いろんな魚たちが葵の横をすり抜けていく。

じっと魚たちを見ていると、そのうち魚が泳ぐ道筋がなんとなくわかるようになってきた。葵はいろんな魚たちが泳いでいく中で、一匹の鮎を見つけた。その一匹に狙いを定めて捕まえる隙をうかがった。道具も使わずに水中で魚を捕まえるなんて普通はできない。だが葵はなぜか絶対にできるという確信があった。そして素手で鮎を一匹、見事につかまえた。


葵は水面に出て、川縁で座っているゴンに捕まえた魚をほいっと投げた。ゴンは魚をキャッチして、


「やるな」


とつぶやいた。その後葵は、同じ要領で鮎や鮭を数匹つかまえて更にゴンを驚かせた。



葵は水の中で自由に、自分の思い通りに泳ぐ快感にひたった。

水の流れが手に取るようにわかる。

水に抵抗することなく、だけど流されることもなく、ただ感じるままに気が向くままに水の中で揺蕩う。


気が付くと日が傾き始めていた。

瑞穂とゴンが川縁に座ってこちらを見ている。葵は川から出て二人のもとへ向かった。

川から出ると濡れた身体が風で冷やされて急に寒くなってきた。葵が震えながら身体をさすっていると、ゴンがコタツを温めるのに使った火の玉で葵の身体を温めてくれた。


葵は二人の隣に座って田んぼを眺めた。

田んぼには、綺麗に苗が植えられている。


「神様って意外と働き者なんだね」葵が瑞穂に言うと、


「当たり前だ。神をなんだと思ってたんだ」と瑞穂が言った。


「お酒飲んで酔っ払ってゴロ寝して、気が向いたら人間を助ける」葵が言うと、ゴンが吹き出した。


「君、アリとキリギリスならどっち派だ」瑞穂が葵に聞いた。


葵はまた突然なにを言い出すのやら、と思いながら、

「そりゃあアリの方がいいでしょ。将来のこと考えたらキリギリスじゃお先真っ暗じゃん。私はアリみたいに堅実に生きていく派」

と葵は特になにも考えず答えた。というか当たり前の話だ。


瑞穂は、はぁと溜息をついて、

「これだから河童は。一番良いのは、アリもキリギリスもどっちもだ。要はバランスだ。アリみたいに将来楽になるためにと働きづめになっても、キリギリスのように今だけ楽しければ将来のことなど気にしないというのも、そのどちらを選んでも結局辛いタイミングが違うだけで同じことだ。だったらアリの堅実に働くところと、キリギリスの今を楽しむ精神、そのどちらの要素もバランスよく取り入れればいい」


「そんな答えずるいよ。アリかキリギリスどっち?って聞いたから、どちらか選んだのに」

葵は騙された気分になった。


「そうだ。これは問がそもそも間違っている。世の中、あらゆることが一問一答にはできていないし、そもそも問うこと自体が間違ってることだってある。問を疑うことを知らない君はやっぱりバカってことだな」


ぐぬぬ。なんか腹がたつが、瑞穂のいうことも分かる気がする。確かに学生のころは、テストの問題には必ず正しい答えがあった。だからいつの間にか、「問」という絶対的なものに対して答える、いや応えることを刷り込まれていたように思う。

社会人になってからも、その刷り込みは消えることなく、むしろその絶対的な「問」を与えてくれるものを自ら求めた。そしてそれに応えることが自分の使命だと思い込んでいた。

でもここには学校も会社もない。「問」を与えてくれるものはなにもない。



「ゴンはどう思う?」

葵は何を言っても瑞穂には勝てない気がしたので、ゴンに助けを求めた。


「俺はアリもキリギリスもなあ。やっぱネズミかな」


そっか。猫だもんね。

葵は、やっぱり最強なのはゴンかもしれない、と思った。






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