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河童奇譚  作者: 逢汲(あきゅう)
3/20

第三話 一つ竈の飯を食う

夜がやってきた。



葵のお腹がぐぅとなる。

今日は水の女神たちにもらった桜餅を食べてから何も口にしていない。

河童になってもどうやら腹は空くようだ。そういえば神様もお腹が空くのだろうか。

葵はちらりと瑞穂を見た。


瑞穂は葵の目線に気づいて、

「腹が減ったなら、自分で食事を用意しな」

と言った。


「用意って言ってもどこでするのよ。ここに台所なんてあるの?ていうかスーパーとかないでしょ」


「台所はある。外廊下をまっすぐ行って右だ。食材もなにかしらある」


(神様も台所で料理するんだ)

 葵は神様というものに、少し親近感がわいた。




葵は言われたとおり、外廊下に出て台所を探した。春ということだからか、夜になると少し冷えてきた。日が暮れてから外廊下には御簾が降ろしてあったが、御簾の隙間からすぅっと夜風が入ってくると体温が奪われていくのを感じる。

廊下を進むと台所は思ったよりすぐに見つかった。古風な土間の台所だった。竈で煮炊きをするようだ。


「さすがにガスコンロなんかないよね」


神様の住むところは近代化されていないらしい。建物の雰囲気からある程度予想していたが、これは食事の準備だけでも大変そうだ。



葵が台所に入ると、すでに先客がいた。

水の女神たちはどこかに帰っていったが、ここには瑞穂以外にも住んでいるひとがいたらしい。

先客は、葵が台所に入ってきたのに気が付いて振り向いた。

黒い短髪で、高校生くらいくらいの男の子に見えるが、妖怪か神様なら見た目はあてにならない。瑞穂だって葵と同じくらいの歳に見えるが実はとんでもない年寄りなのかもしれない。


「あんたか。魚はやらないよ。ほしけりゃ自分で獲ってきな」

男の子は魚をさばいていたようだ。


「え?私を知ってるの?」

葵は嬉しくなった。『こちら側』の世界で自分を知ってるひとに会えるなんて。こんなに心強いことはない。


「何言ってんだ。俺の足を蹴飛ばしといて」


「あっ」

葵は、朝蹴飛ばした猫のことを思い出した。

河童になったり、変な神様たちに出会ったりしてすっかり忘れていた。


「ごめんなさい。その…足大丈夫?」


猫はむすっとした表情のまま無言で、着物のすそを捲し上げた。太ももの外側の辺りが赤くはれている。

(どうしよう。やっぱりケガをさせてしまっていたんだ)

葵は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「痛い…よね。ごめんなさいいいい」葵は膝に頭が付きそうな勢いで頭を下げた。


「別に。大したことない」

猫は、さばいていた魚の方に向き直った。


「あのう。罪滅ぼしに料理つくるのお手伝いさせてもらえませんでしょうか」

葵は猫にお願いした。


「罪滅ぼしってそれ、お前も飯食いたいだけだろ」


そういいながらも猫は葵に料理を手伝わせてくれた。

葵はもともと料理だけは得意だ。実家にいたときから時々食事は作っていたし、社会人になって一人暮らしをするようになってからは毎日自炊していた。だけど、さすがに竈を使うのは初めてだった。

薪に火をつけるというのは意外と難しい。火を直接薪につけたとろで全く着火しない。しかも薪の組み方も重要らしく、薪の間を空気が通るように組んでおかないといけないらしい。

結局、猫に一から教えてもらいながらなんとか竈に火をつけた。葵は散々猫にどやされながら、初めての竈で炊飯し粕汁を完成させた。


猫が冬の部屋でコタツに入りながらご飯を食べるというので、葵もその案に便乗させてもらうことにした。




葵と猫は一緒に、出来上がった料理を冬の部屋に運んだ。

冬の部屋には大きな円形のコタツがあり、とりあえず皿を事つの上に並べた。葵が電気なしでコタツがどうやって暖かくなるのだろうと不思議に思っていると、猫は手の平から青い火の玉をぼぅっとつくりだして、そのままコタツの中に入れた。猫が火の玉をつくったとき、お尻の辺りから二本モフモフしたものがちらりと見えた。


猫がコタツに入ってみろと言うので、葵は恐る恐るコタツの中に足を入れてみた。

すると、足がふわっと暖気に包まれた。今まで経験したことのない感覚だった。

葵と猫は台所で冷えてしまった足をコタツで温めながら、自分たちのつくった料理を食べた。調理中は小姑のようにうるさかった猫だが、葵の作った料理の出来は褒めてくれた。そして川魚の串焼きを一本、葵に分けてくれた。


なんだかんだ言って優しいやつだな、と葵は思った。


「ありがとう。ええっとお名前は?私は葵っていうの」


「俺はゴンだ」


「え、ゴンてキツ…」


「キツネって言ったら殺す」


「…」


猫なのにゴンとは。葵はなぜゴンという名前になったのかは聞かないことにした。


「ゴンはここに住んでるの?」


「住んでるともいえるし、住んでないともいえる。妖怪や神様に、人間みたいな決まった家はないんだ。好きな時に、好きなところに行って、好きなように暮らす」


好きな時に好きなところへ。なんて自由なんだ。葵は初めて妖怪も悪くないかもと感じた。


「まあでも、俺も瑞穂もここにいることが多いな。気に入ってるから。あとは場所によって自分の力が増すところや逆に弱まる場所もある。今日ここに来てた水神たちは、水辺の近くに行くと力が増すから基本的に湖やら川のほとりを好むんだ」

なるほど、自分の属性に近い場所を好むということか。葵は納得した。


「そういえば、みずほってなんの神様なの?」


「稲の神様だよ。名前からしてそうだろ」


稲の神様だったのか。お金の神様じゃないんだ…。まあでも昔はお米がお金の代わりだったから、一緒といえば一緒だよね。と考えていると、


「蹴っ飛ばされたやつと団らんしてるのかい」と瑞穂がいつのまにか部屋に入ってきていた。


「団らんしてるわけじゃない。罪滅ぼしをしたいって言うからさせてやってたんだ」

ちょっとふてくされたように、ゴンが瑞穂に言った。


「ふうん」

と瑞穂はまたあの意地悪そうな笑みをうかべている。

そしてコタツに入るなり、葵がゴンからもらった川魚の串焼きをひょいと取ってかぶりついた。


「あ!私がもらったのに!」葵は怒った。(炭火で焼いた川魚、楽しみにしてたのに!)


「ひょんなにおほらなくてほ、またとればいいたほ(そんなに怒らなくてもまた獲ればいいだろ)」

瑞穂は熱々の魚をほおばりながらしゃべったものだから、葵もゴンも瑞穂が何と言ったのか全く聞き取れなかった。


さっき瑞穂が入ってきたときにしっかり閉めなかったのだろうか、部屋の障子が少し開いている。

その障子の隙間から、雪がちらちらと降っているのが見えた。昼間は桜が舞っていたのに、なんとも不思議な感じだ。


「ゴンはさ、猫またなの?」葵がゴンに聞いた。


「うんそうだ。よくわかったな」ゴンは自分の分の川魚を食べている。


「そりゃあ分かるだろう。しっぽが二つある猫なんて猫又しかいない」瑞穂は串でゴンを指しながら言った。


「だってこいつ、瑞穂がなんの神様か分からないって言ってたから。そういう知識がないのかと思ったんだよ」

とゴンがムッとして言った。


「だって『みずほ』なんて神様聞いたことないもん」

葵は本当に今まで瑞穂なんて神様は聞いたことがなかった。「みずほ」と聞いて思い浮かぶのは給料を引き出す所くらいだ。


「漢字の意味でわかるだろ」

瑞穂は、さげすむような憐れむような眼で葵を見た。


「え、どういう意味なの?というか漢字どう書くの」

街のいたるところで見かける名前ではあるが、ひらがなで書かれているものしか見たことがない。


「『瑞々しい稲穂』と書いて『瑞穂』だよ」

瑞穂はあきれて遠い目をしているので、ゴンが代わりに教えてくれた。


「ほんとうにバカだったんだな…」

そう言って瑞穂は、今度は葵の粕汁を勝手に飲んでいる。


「でもまあこの粕汁は褒めてやってもいい」


葵は瑞穂に褒められ、驚きと照れくささとで一瞬返す言葉につまった。

「あ、ありがとう」

勝手に自分の粕汁を飲まれて怒ってもいいところなのに、褒められた衝撃で怒りはすっ飛んでしまっていた。

河童になって、正直泳ぐこと以外にできることなんかないんじゃないかと思っていたが、こんな自分でも人に喜んでもらえることができて嬉しかった。それにこんな風にゆっくり誰かと一緒にご飯を食べるのも久しぶりだった。最近は毎日忙しくて食事を味わうことも忘れていた。


 (こうやってご飯食べるのっていいな…)


そんなことをぼんやり考えながら暖かいコタツの中でぬくぬくしていると、葵はだんだん眠たくなってきた。今日はとても長い、長い一日だった。

瑞穂とゴンが話しているのを聞きながら、葵はいつしかコタツの中で眠ってしまっていた…。


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