52 邪蛇は砂を食む
オアシスに近づくにつれて、辺りの様子が不穏なものへと移り変わっていった。
「·····これは不味いかもな」
カラッパの背に揺られ、蜘蛛の目を細めた兄弟が呟いた。
確かに異様な雰囲気だ。
オアシスは、もはや目視できる距離にあるのだが、遠目に見えているヤシの木の蜃気楼すらも、やや紫がかった霧が覆いかぶさっている。
そして何よりも、体を押しつぶすかのような威圧感·····。
敵の姿すら見えていないのにも関わらず、あまりのプレッシャーに思わずサソリのハサミを鳴らす。
音にびびった隣の兄弟が一瞬体をピクつかせたが、誤魔化すように説明を始めた。
「·····環境に影響を与えるのは力の強い悪魔の得意とする分野だ。」
「それだけ大物ってやつか」
いつぞやのゴリラに倒されたガマガエルも沼地を作ってたりしたっけ。
「そのリンダリンダとか言うのはどんな奴なんだ?」
「〝輪輪蛇〟な。」
俺の疑問を受けて、ブラザーが蜘蛛の足でジェスチャーする。
「まず、悪魔界は二つの世界に別れている。」
それは知ってるぞ、上位世界と下位世界だろ。俺達はまさに上位世界への道程を進んでる訳だ。
「そうだ。でも、上位世界にはちょっと変わった生態がある。」
どういうことだ?
「上位世界に住む悪魔は、まとめて〝上級悪魔〟と呼ばれるわけだが、その中では悪魔王の称号を手に入れるために、日夜熾烈な戦いが繰り広げられている。」
「悪魔王·····」
「全ての悪魔の王だ。」
なんか凄そう。
「まぁ、四千年前を最後に、一人も王には至れてないらしいけどな」
四千年···長い時間だ。
四千年前の悪魔王は、一体どんな悪魔だったんだろうか·····。
「上級悪魔達は、日々の争いを有利に進めるために、自分の魔力で周囲を改造する事がある。」
「改造⋯⋯?」
兄弟が蜘蛛の頭で頷く。
「〝巣穴〟って奴だ。住居以外にも、魔力領域として戦いに有利な環境を作ることもできる」
「なるほど、○魔御厨子か」
いいな、俺も空をキャンバスに絵を描くに等しい神業をしたい。
「上位世界は常に地形が変わってるのは上級悪魔達の戦いの影響だ。俺達も上位世界に入るなら更に力をつけないとな」
悪魔世界は変な景色が多い⋯。
⋯ん?てことは俺が卵から生まれた始まりの荒地ステージ(暫定)も誰かが作った空間なのか?
純粋な疑問が湧き、兄弟に尋ねようとした瞬間、一定のリズムで進んでいたカラッパの歩みが止まった。
「着きました·····」
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オアシスは美しかった。
鮮やかな薄水色をした水面は鏡のように光を反射しており、その周囲には植物達が生い茂っている。
まさしく砂漠の休息地を体現するオアシスだが、そこは誰が見ても明らかなほど異様な静寂に包まれていた。
カラッパの背中から降りた途端、異質な魔力が辺りに満ちている事を肌で感じた。
「⋯⋯不味くない?」
「これは⋯想像以上だな。」
冷や汗を浮かべた兄弟が、挙動不審に周囲を見回す。
「一旦戦略的撤退もアリだな⋯」
兄弟の言葉が終わらない内に、地中から轟くような声が響いてきた。
『ククク、誰かと思えば、獣王の末子を殺した餓鬼共か』
響いた声と共に、目の前のオアシスが荒波を立てて割れた。
巨大な尻尾が、水中から伸びてきた。
『親が悪魔王に手を伸ばして、さぞ勢いづいている事だろうなぁ⋯⋯、対する俺様は上位世界の直前で足踏みさせられている⋯俺様の方が強いのに⋯。
気に食わん、気に食わん、気に食わんなぁぁ⋯⋯』
オアシスの中央から天へと伸びた尻尾が、激しく振られ、ガラガラと不気味な音が鳴る。
その音を浴びた瞬間、一気に体が重くなるのを感じた。
「全員殺してやろう、そうだ、そうしよう。」
声の出処が近づいて、オアシスから少し離れた砂地から、巨大な蛇の悪魔が鎌首をもたげていた。
「我が名は空蛇、〝輪輪蛇〟の三男にして蛇王の位を簒奪する者也。」




