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49 《黒き太陽の元に》


進む、進む。


その姿は、まるで漆黒の山。

·····生きる者はなく、死骸のみが積まれた死の山。


異様、威容、偉容。


どのような言葉を選ぼうが、その容姿を記すことは難しい。


龍のよう?巨人?·····笑わせる。

龍も巨人も、彼女の力には遠く及ばない。



南の方角からゆっくりと北上する、巨大な蟲の女王、《毒虫姫》。


 彼女の視線·····もっとも、無数の視線の内の一部という事だが、彼女の視線の先には、これまた傑物が彫像のように佇んでいる。



住居である洞穴を背に、《獣の王》は敵を睨む。その視線は、灼熱の熱戦のよう、まるで氷河の冷気のよう。


 機嫌を損ねた者は、立ち所に首と胴を引きちぎられ、たちまち土塊にも満たない存在へと生まれ変わることになる。


 分厚い、分厚い毛皮·····。一本の太さが大樹程もある巨大な爪、それよりも更に大きなキバ。



 そんな二人が、向かい合う。


·····己が住む世界の頂点を決めんと。



§



 前よりも幾分か、目方が増えたようだ。


獣の王は、《毒虫姫》を見定めて、そう思った。

だがしかし、勝負の決定打になるほどでもない。


 なにか狙いでもあるのだろうか──と、考えようとして、やめた。くだらない。


 「'□<△ь/ь:¯■▲↑¥§」


 女王が鳴き声を上げた─────。

その声に呼応して大気が唸り、魔力の暴風が巻き起こる。


 巨大な魔力結晶でできた槍が複数本、毒虫姫の周囲に出現する。並の刀剣では話にならない獣の王の毛皮でさえも、貫きかねない代物だ。


 まぁ、少しは楽しめそうだ。


獣の王は顔を歪ませ、前屈みの姿勢をとった。


 二人の周囲は、吹き荒ぶ魔力の嵐によって、景色が目まぐるしく変わる。氷河から煮えたぎる熱帯へ、僅かな草木を枯らして、空間は何も無い荒野へと落ち着く。


 もう何万年と見てきたであろう黒い太陽が、女王の背を熱する。唐突に、魔力の槍は放たれた。


 風を切り、槍が獣の王へ近づく。

直後、獣の王は右の剛腕を振り回した。ただそれだけで暴風が吹き荒び、槍は纏めて薙ぎ払われた。


 猛然と飛びかかった獣の王を、無数の触手が迎え撃つ。


獣の王が口を開いた。見るのも恐怖するようなズラリと並んだ牙が姿を現す。空中でガチンと口を閉じると、毒虫姫の黒い装甲に、見えない斬撃がぶつかる。


 山のような質量を持った毒虫姫が、衝撃で地面に沈む。

無数の足を動かして、砂から這い出した毒虫姫がゆっくり前進する。


 再び、二体の悪魔が向かい合う。



 毒虫姫が、口から糸を吐き出した。

自分の周りを囲むように糸を紡いでいく毒虫姫の行動を、獣の王は興味深げに見る。


接近戦では、無数の攻撃手段を持つ相手に分があるため、不用意に近づけない。かといって、遠距離では決定打になりにくい。仕留めにかかるのは、相手が何をしているか見極めてからでも遅くない。


 毒虫姫の吐き出した糸はやがて、彼女自身を包み込むようなドームを形作った。


 防壁でも作ったつもりだろうか。


 警戒しながらも、ドームに近づいた獣の王の耳に、ある〝音〟が聞こえた。


それは、まるで膨大な液体が唸るような、質量のある濃密な気配。


 ──────まずい。


 今頃になって気がついた獣の王は、慎重さをかなぐり捨てて、直ちに攻撃を開始する。


 しかし、思いがけないドームの強度に苦戦する。

いや、ドームではない。


──────繭だ。



 羽化するのだ、成体(・・)へ。

不味い、不味い。


 いや、落ち着け。羽化直後を狙う。


蟲達は、蛹から出たばかりは体が極端に柔らかい。体が固まる前に仕留める。


 静かに魔力を研ぎ澄まし始めた獣の王の目の前で、繭に亀裂が入る。


 来る!


瞬間的に飛びかかった獣の王は、繭から出てきた巨大な影にはね飛ばされた。


 有り得ない。身体をどうやって固めた?


上空には、ゆっくりと羽ばたく巨大な蝶がいた。極彩色の羽根から鱗粉を撒きながら、クルリと宙で一回転した。


 獣の王の感覚は、繭の中の火の気を感知した。


炎魔法で急速に乾燥させたな·····。

かなりの無理をしているはずだ、万全ではない。


 兎に角早く決着を·····────。


 


◇◇◇


 獣の王の巨大な体が、地面に倒れる。


その眼には意識はなく、生前の鋭い眼光も消えてしまった。その姿を下に見て、毒虫姫は歓喜の叫びを上げた。魔力の波となって伝わった勝鬨は、悪魔界に響き渡った。


 曰く、勝者は彼女だと。

彼女こそが女帝である·····と。




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