39 獣の王子
血の匂いに、目覚める。
森の中心部──、大木の下にポッカリと開いた洞窟の奥で、小山のような影が頭をもたげる。
虎の悪魔は、気怠い目覚めの中で、戦いを認知した。
悪魔共の断末魔、血と煙の匂い──南の方角か。随分と長引いている。敵も味方も、大して強い奴がいないらしい。
どうやら押されているようだ。
負けたところで雑兵が減るだけだが、小さな敗北であっても、相手を調子づかせるのは癪だ。
未来の王たるこの俺には、僅かな綻びもあってはならない。まだ日中で面倒だが、俺が行って片付けた方が早いだろう。
意識を瞬間的に切り替えて、四本の足で立ち上がる。
先程まで深い眠りに閉ざされていた瞳が、獲物の血肉を求めて、洞窟の薄い光をギラギラと反射する。
雑魚悪魔の百や二百など大したことは無いが、どうもきな臭い。後ろに何か居ると想定した方がいいだろう。
濃い黒と、薄い黒の縞模様の体表が、膨れ上がった分厚い筋肉に伸ばされる。
伸びをして体の硬直をやわらげた獣の王子は、目にも止まらぬスピードで洞窟を飛び出し、騒ぎの元を目指して走り出した───、
◇◇◇
「キシィイャァァアァ!!」
毒々しい紫と黒の羽毛を風にはためかせ、大きなカラスが上空から箱を落とす。
凄まじいスピードで落下する箱は、乾いた地面にぶつかると、炎と黒い煙を上げて爆発する。
『押している、確実に····』
カラスのネームドモンスター【リンドウ】は、鉤爪で爆弾を運びながら、戦場を見下ろす。
地上では、味方の悪魔達が炎や発火性の物質を撒き散らして、けたたましい爆発音を奏でている。彼等は、元々戦闘が得意な者達ではなかった。
虎の悪魔に仲間を奪われ、リィンカーネーションの味方についた。そこで訓練を受けて、今ではそれなりに戦えるようになったが·····
『結局の所は同士討ちのようなもの·····』
敵もまた、同じ大森林に住む者達だ。
虎の悪魔の力に屈し、従った·····戦いが不利になった今、呼びかければこちらに着く者もいるだろう。
『·····集中だ』
今は作戦を成功させる事が最優先だ。
余裕はない。
爆弾を手放し、補給に戻ろうとしたリンドウの背に、何かが乗る。それは一瞬の内に、重みを増し、空を飛ぶカラスを地上に叩き落とした───、
『来た·····か·····ッ!』
地面に這いつくばって見上げた空には、右手を振り切って、こちらを睨む獰猛な獣の姿が·····。
「キシャァァアアァァァ·····ガッッ!!」
降ってきた獣を避けようと、素早く横に回り込むも、それ以上の速さで追従した左腕に薙ぎ払われる──。
戦場を、水の石切りの様に跳ねて吹き飛ばされる──。
素早く立ち上がり、空に退避しようと羽ばたくも、その一瞬の内に距離を詰めた虎の悪魔の振り下ろしに、再び地面にのめり込む。
そんなリンドウを助けるためか、横から味方が割り込むも、瞬く間に、鋭い爪に切り刻まれて絶命する。
「カァァァァ!」
だが、その間に空へ体を移したリンドウが、刃物の様に硬化した羽根を放った。
空から降り注ぐ刃物の雨をものともせず、虎の悪魔は軽く地面を蹴って飛び上がる。一気に10数メートルの距離に打ち上がり、羽ばたくリンドウに肉薄する。
爪を出した右手で、カラスの頭を抉ろうとするも、ギリギリで当たらず、地面に戻る。
何とか防ぎ切ったリンドウは、急旋回して自陣に戻る。
それを追う虎の悪魔·····。
自身を追って、今にも飛びかかろうと走る虎の悪魔を見て、リンドウは鋭い嘴を打ち鳴らし、喜びを表す。
『計画通り·····』




