朝ごはん
「……俺さ、今日から飯とか食いに行かないって言ったよな?」
居間に場所を移して、俺は岬と向き合っていた。
汚い、狭い部屋だ。真ん中には小さなちゃぶ台が置かれていて、隅っこには型式の古いテレビが床に直接置かれている。
埃っぽい畳にはあちこちに染みが広がっていて、ヤニ臭い。雑多に散らばっていた新聞紙は、今は部屋の片隅にまとめて押しやられていた。
ちなみに、親父の姿はなかった。大方、当てもなく外にでも出ているのだろう。俺も親父も、寝ている時以外はなるべく外で過ごすという癖がついてしまっていた。
「はい。そう仰ってましたね」
ちゃぶ台を挟んだ、向こう側。座布団の上で正座した岬が、そううなずく。
「……なら、なんで来た? しかも、こんな朝早くから」
壁に掛けられたアナログ時計は、午前五時三十分を示している。いつも起きている時間よりも、一時間は早い時間だった。
「お手伝いしようと思いまして」
「手伝い?」
「はい。朝ごはんのお手伝いです」
と言って、岬が袋をちゃぶ台の上に置く。
岬の母親である、美汐さんお手製のエコバッグだ。中を覗いてみれば、そこにあるのは玉ねぎに味噌パック、そして豆腐に、パック入りの塩鮭。
それとは別に、謎の壺まで入っていた。中身は不明だ。
「昨日、透夜くんは言いました。いつまでも、私のお母さんやお父さんに頼ってばかりはいられない、と」
「あ、ああ……」
「それは、きっと、いいことなのだと思います。私達も高校生です。きっと、三年間なんてあっという間で、だけど卒業したその先にも人生は広がっている。子どものままではいられませんし、時が来ればやがては大人になっていかなければなりません」
「……」
「そうなったらきっと、色んなことを自分でもできるようにならないといけないと思うんです。それは例えば、自分でお金を稼ぐこととか、掃除や洗濯をしたりとか……あとは、料理とかもです」
「それは、まあ……」
「だから、そのお手伝いに来ました」
言って、にっこりと岬が微笑みかけてくる。
「なので、朝ごはんを一緒に作りましょう」
「いや、でも、俺は美汐さんとかにはもう頼らないことにするって――」
「それは分かってます。だから、お母さんでもお父さんでもなく私が来ました」
「だからって、あのなあ……」
「とりあえず、台所に移動しましょうか」
言って、岬がエコバッグを手に立ち上がる。
……どうやら、もう一緒に朝ごはんを作ることは、彼女の中で決定事項となっているらしい。ふんふんと、楽し気に鼻歌まで歌っていた。
「ったく……」
つい、ため息をこぼしてしまう。
俺は岬から離れなくてはいけないのに。
彼女から、優しさを、温かさを、搾取し続けることは罪深いことのはずなのに。
だというのに、こうして促されると、流されるままに従ってしまう。岬にこうして思いやられると、心地よすぎて抗うことが俺にはできない。
それがなんとも歯痒かった。
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