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Epilogue:幸福へ続く坂道を――

 朝、起きると、俺は二人分の食事を作る。


 味噌汁と、焼鮭と、白い飯。たまにここに、卵焼きとかがくっついてくることもある。


 そうして作った飯を食ったあと、親父の分はラップして冷蔵庫に。親父は飯を食ってくれることもあれば、そうでないこともある。


 二人で一緒に食卓を……というわけには、今はまだ、なかなか行かない。今さらそう簡単に、打ち解けることもできないのだろうと思う。時間をかけることでしか、解れない関係はあるのだろう。


 それに、親父のことを、恨めしく思う気持ちはまだ俺の中にだって残っている。あるいは、この気持ちが完全に消えてなくなることはないのかもしれないが……それでも今はようやく、少しずつでも向き合っていけるようになればと思っている。


 飯を食ったら、学校の準備だ。


 部屋着を脱いで、制服に着替えて、家を出るための準備をする。


「……よし、行くか」


 制服に袖を通して、通学カバンを肩にかけ。


「行ってきます」


 と、静まり返った家に告げて、俺は玄関を後にする。


 ――ところで。


 俺の家と学校とを繋ぐ道の途中、少し険しい坂道がある。


 真っ直ぐ続くその坂は、太陽の光を白く照り返して、やたらと眩しい時もある。


 本当なら、わざわざ登るのも億劫なはずの、そんな坂。


 だけど、最近の俺は……この坂道を登るのが、密かな楽しみとなっていた。


 なぜなら、この場所を進んだ先には――。


「あっ……」


 その光景は、さながら一枚の絵画のようであった。


 朝日を背に、坂の上に立つ少女。


 体のシルエットが青い空に良く映えるその姿は、風に靡く髪を片手で押さえている。


 その表情は、陰になっているためよく見えない。だけど、その少女が……ひまわりのような笑顔を浮かべているだろうことが俺には分かった。


「よう……おはよう」


「はいっ。おはようございますです!」


 坂の下、少女を――岬を見上げる位置から声をかけると、彼女は朗らかにそんな言葉を返してきた。


 ――俺、岡本透夜には、誰よりも幸せにしたい(・・・)女がいる。


 そいつにはいつも笑っていてほしい。楽しそうにしてほしい。そういう女が、俺にはいる。


 俺はもう、その役目を、誰かに押し付けようなんて思ったりしない。言い訳を重ねて、その笑顔を曇らせたりなんてしたくない。


 女の名前は、本谷岬。


 兄妹同然に育ってきた……これから先も寄り添い合って生きていきたい。そんな女。


 誰かを大切にするということは、時としてとても困難で……だからこそ、大切にしたい誰か(・・)を二度と手放してはいけないんだって、そういうことを俺は学んだから。


「さあ、学校へ行きましょう、透夜くん!」


 だから俺は、36.5℃の温もりを胸に大切に抱きながら、目の前の坂道を登り出す。


 ――幸福へ続く坂道を。

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