勇者パーティを抜けたテイマーの僕〜意地を張らずに帰って来いと言われてももう遅い〜
僕の名前はライマー。
職業はテイマー。レベルは42。
レベル50あればAランクに昇格できると言われる冒険者世界ではなかなかのレベルだと思っている。
僕が所属していた勇者パーティーはみんな50超えてて、僕が一番下だったんだけどね。
だって、テイマーだし。肉弾戦とか得意じゃないから仕方ない。
そう、『所属していた』。過去形。
ちょっとメンバーと喧嘩しちゃって「じゃあ、辞めてやるよっ!」って啖呵切って出てきちゃったんだ。
僕は元々そんなに短気な方じゃない。どちらかと言えばのんびり屋だと思ってる。
そんな僕がメンバーの魔法使いと喧嘩するなんてかなり珍しい。お互いに酔っていたし、海の神殿での戦闘で僕が役に立たなかったのも原因の一つだと思ってる。
だって、泳げる動物がちょうどいなかったんだから仕方ないじゃないか。
5kmぐらい泳いだぐらいなんだっていうんだ。みんな泳いだのに、魔法でズルしてたの知ってるんだからな。
いないものはいないんだから、仕方ないって諦めろよ。
火魔法が得意だからって水が苦手な訳ないじゃないか。現に半分は泳いでたし、そもそもあいつ、風呂好きじゃないか。
風呂のある宿だと二時間ぐらい入ってるし、朝風呂まで入ってるの知ってるんだからな。
大体、いっつもぶちぶちといつまでもねちっこくてうるさいんだよ。
荷物を整理しろだの、食べ散らかすなとか、服のボタンが段違いになってるとか、落ちたパンを食べるなとか。草の上だったし、土なんて着いてないし、勿体ないじゃないか。ちゃんと軽く叩いて汚れは落としたからいいじゃん。それに、食べるの僕だし!迷惑かけてないじゃん。
思えば、昔っからあいつとは馬が合わなかったんだ。
あれしろこうしろ、それダメこれダメって僕の母さんよりガミガミうるさかった。
確かに、頭はいいから参謀役っていうか司令塔みたいな感じだったし、頼りにはなってたけどさ。
うちの親はあいつを信頼してて、何かあれば相談しろと言われた。
同い年なんだけどなぁ。
勇者パーティーって言っても、6人パーティーの内4人が同じ町出身の幼馴染で、遊び仲間だ。
教会の適性検査でリーダー格のケリーが勇者だと分かって、遊び仲間でそのままパーティーを組んだんだ。
勇者のケリー、剣士のビート、魔法使いのクルス、そしてテイマーの僕。
そんな気楽な男ばかりのパーティーに、女性僧侶のセイレンと弓使いのブレンダが入ったのが1年前。
クルスが気にしてたブレンダがケリーと恋人同士になったからって僕に八つ当たりしないで欲しい。
ちなみにビートとセイレンはまだ付き合ってないけど、みんなにはバレてる。
目が合っては逸らすを繰り返して、互いに意識しまくってるのは一目瞭然。
最初は微笑ましく見守っていたけど、半年以上経っても進展がないとこちらがヤキモキしてしまう。
早くくっつけ。
お膳立てしてもなぜか失敗するなんて、どっちか呪いでも受けてるんじゃないだろうか。
僕?どうせ年齢と恋人いない歴が一緒ですよーだ。童顔のせいなのか、可愛いとか言われても恋愛対象にされた事は一度もない。
むしろ恋バナとか恋愛相談ばかりされる。相談には乗るしアドバイスもするけど、僕も一応男だからね!?意識なんてしてないだろうけどさ。
クルスも恋人はいないみたいだけど、けっこうモテる。知的でカッコいいんだってさ。
ブレンダに振られたせいか、ちょっと暗かったけどね。
慰めようとしたら「お前は何も分かってない」とか「うるさい」とか怒るからさ、ついつい言い合いになったんだよね。
そしたら、「俺はお前が付いてくるのは反対だったんだよ」とか「テイマーなんてこれから先は大変なんだから抜けろ」なんて言われてさ、つい言っちゃったんだよ。
「じゃあ辞めてやるよっ!大魔法使いのクルス様がいれば大丈夫だもんな!俺なんていらねーよなっ」
しかも捨て台詞に「クルスの寝小便たれっ!迷子になってビービー泣いてろ!ばあぁか!!」なんて、子どもみたいな事を言ってしまった。
寝小便たれは不味かったかな。3歳ぐらいの話だし。
次に会ったら絶対に嫌味言われる。それもねちねちと、ぐちぐちと、正座させられるんだ。
いや。もうパーティーは抜けたんだ。アイツと顔を合わせる事もないんだから、いいんだよ。ふーんだ。
何組か存在する勇者パーティーの使命は、復活した北の魔王を討伐もしくは封印する事だ。
他の勇者パーティーと組めば最強じゃないかな?と思ったが、既に過去に実践済みだったらしい。
即席のパーティーでは連携も上手くいかなくて、過去最速で敗れたらしい。
それ以来、合同の勇者パーティーは作られてないんだってさ。
全部クルスから聞いた受け売りだけどね。
魔王との対決に、俺みたいなテイマーは不利というか必要性があまりない。
魔王にたどり着くまでは役に立てるだろうが、魔王との直接対決には向かない。
前衛の勇者と剣士、後衛の魔法使いと僧侶と弓使い。回復は僧侶がするし、僕が抜けた後は前衛職の戦士系がもう1人入るとバランスがいいかもな。
どちらにせよ、中堅のテイマーの出る幕はなくなる。
そんな事は分かってるんだ。いつかは抜けなきゃダメだと思ってた。
それが早まっただけだ。
実力もついてきているあいつらの心配はあまりしてない。
心配だったのは僕の将来だが、とりあえず当座の仕事は見つかったから良かった。
この仕事が終わったらどこかのパーティーに入れてもらおう。勇者パーティーじゃなければ、中堅のテイマーはそこそこ需要がある。
討伐だけじゃなくて、街の雑用とかならソロでもできるし。うん、大丈夫。なんとかなる。
って、そう決心を決めたのに、なんで遭うかな。
僕の前にはケリーがいる。
僕がパーティーを抜けてからまだ3日しか経ってないのに、わざわざ一個まえの街まで戻ってくるなんて、忘れ物でもしたのかと思った。
でもケリーは僕を見つけるなり追いかけてきた。逃げたけど、勇者に勝てるはずもない。
そういや、かけっこはいつもビリだったよ。
ケリーに捕まって、みんなが泊まってる宿に連行された。
泊まっている部屋の一つにはみんな揃っててこっちを見ている。
顔を合わせづらくて俯いたまま、促されて椅子に座るとその向かいにケリーが座って、その後ろにみんなが立っている。
2人部屋はそこそこ広いけど、6人も集まれば圧迫感がある。と、言うか、1対5なせいか威圧感が半端ない。
顔を上げない僕にケリーはため息を吐いて話し出した。
「ライマー。意地張らずに戻ってこいよ」
「意地なんて張ってない」
「クルスの口調がキツイのなんて昔から知ってるだろう?」
「僕にだけ当たりがきついのも昔っからだけどね」
「それは、お前がドジで片付けが出来ないからだろう」
割って入ってきた冷静な声のせいで、3日前の怒りが沸騰した。
「うるさいなっ!お前は僕の母親かっ!!」
「おばさんからお前の面倒を頼まれている」
「いつもいつも口うるさいんだよ。僕が僕の荷物をどう扱おうと勝手だろうっ!」
「お前がだらしないせいで、宿でもテントでも迷惑をかけられている」
「は?いつ迷惑かけたんだよ。お前のベッドにまで広げてないだろっ」
「広げるだけ広げた挙句、荷物をまとめられなくて半泣きのお前の荷物を毎回毎回手伝わせられるのは俺だが?」
「でも服の畳み方や入れ方まで一々口出さなくてもいいだろ」
「では荷物を減らせ。無駄なものが多すぎるんだ」
「無理」
「待て。待てまてまて。お前たちで話すと埒があかない」
思わず立ち上がって喧嘩腰になった僕らの間にケリーが入ってきて両手で引き離した。
クルスは一歩後ろに下がり、僕は椅子に腰掛ける。
「本当に。仲が良いんだか悪いんだか」
ケリーが疲れたように息を吐いて、腰に両手を当てると僕に向き直った。
「ライマー。オレはお前に抜けて欲しくない。不利だろうが知った事じゃない。オレたちは仲間で、これからもそうだ。ライマーが嫌じゃないなら一緒に行こう」
ケリーがニカっと笑う。
黙ってたら男らしくてカッコいいのに、笑い方は昔と変わらずガキ大将みたいだ。
「ライマー。俺も同じ思いだ。共に行こう」
一つ上のビートが珍しく微笑んだ。
嬉しいが、その笑顔をセイレンに向けてやれ。
「ライマー。途中参加のアタシが言うのも変だけど、アンタがいないと変な感じがするんだ。穴が空いたみたいでさ。いないと、寂しいよ」
いつも強気なブレンダがはにかむように微笑む。
ケリー。これは親愛だから。だから、ブレンダの肩を抱いて牽制しなくていいから。
「ライマーさん。私も寂しいです。ライマーさんはどんな動物も魔物だってテイムしたじゃないですか。それは素晴らしい才能です。自信を持ってください」
セイレンが目を潤ませて僕の手を取り、両手でギュッと握りしめる。
どうして僕の手は簡単に触れるのにビートの手を取るのに時間がかかるのだろう。
最後の1人になったクルスが眉間に皺を寄せて僕を見ている。
互いに見つめ合う事しばし。折れたのはクルスだった。
「魔王領に近づけば、魔物をテイムする確率が高くなるし、身を守る術が少ないお前が怪我をする確率も高くなる。軽い怪我なら良いが、取り返しがつかなくなる前に抜けて欲しかったのは本心だ。だが、お前の意見をちゃんと聞かなかったのは悪かった」
あの尊大魔王が軽くだが頭を下げた。
ビックリしつつも、僕は僕の気持ちをちゃんと伝えないといけない。
「これから戦いは厳しくなるから、僕が抜けて誰か前衛が入ればみんなも楽になると、前から思ってたんだ。クルスに見透かされた気がして反射的に言い返して、意地張って勝手に抜けちゃって。みんな、ごめんなさい」
立ち上がって頭を下げる。
せっかく進んだのに、戻らせてごめん。
僕とクルスの喧嘩に巻き込んでごめん。
心配かけてごめん。
「迎えに来てくれてありがとう。そこは、その、すごく嬉しい」
照れくさかったけど、顔を上げるとみんな優しい笑顔をしていた。
だから、益々言いづらい。
でも、なぁ。言わなきゃダメだよね。
「でも、ごめんっ!!パーティーには戻れないっ!僕、僕、次の仕事決めちゃったんだっ!」
「はぁ!?」
「ごめん。本当にごめん。僕も戻りたいけど、ごめんなさいっ」
申し訳なさに思わず土下座をしてしまう。
「あの、お仕事って何ですか?2〜3日ぐらいなら待ちますよ?」
セイレンの優しい声にそろそろと顔を上げて、みんなの顔を見てクルスと目が合ったのでそおっと逸らす。
「1年………」
「は?」
「1年っ!サーカスの巡業に1年付き合う契約を、昨日しちゃったんだよぉっ!」
シン…。とした静寂が部屋に満ちる。
怖い。
突き刺さるような視線が痛い。約1名は絶対に睨んでる。賭けてもいい。
逸らした顔を元に戻せないでいると、左耳を強く引っ張られた。
「いだいっ!痛いっ!!!」
「なんで無駄に行動力があるだお前はっ!しかも1年だと!?」
「痛いっ!クルス!クルスってば、クルスさん!離して、痛いって!」
「今からギルドに行って取り消すぞっ」
「無理。魔法契約しちゃったもん」
「は!?バカだバカだと思ったが、真性のバカか!何してくれてんだっ!」
「だって長期間の契約だから、必要って」
「本当にお前は目を離すとろくな事をしないなっ!」
「だったらすぐに追いかけてこいよ。昨日だったら間に合ったのに、もう遅いんだよっ」
「勝手に飛び出たくせに偉そうに言うなっ」
僕とクルスがぎゃあきゃあ言い合ってる間にケリーたち4人は対策を話していたらしい。
普通、魔法契約は破棄できないんだけど、そこはそこで抜け道があるんだってさ。
僕が床に正座させられて、クルスに懇々と説教をされ続けている間に、その抜け道を探してくれてたんだって。
嬉しいよ?嬉しいけどさ、誰かクルスを止めてくれても良かったんじゃないかな。
ギルド長に無理をお願いして契約破棄してもらった僕は無事にパーティーに戻ってみんなと一緒に旅をしている。
その時に掛かった費用金貨10枚は僕の借金で、ちょっとずつ返済してる。
たぶん、魔王領に着くまで完済はしないんじゃなかと思う。
片付けは苦手だけど、クルスが口煩いながらも手伝ってくれるから、僕も少しは頑張って散らかさないように努力はしている。
短気を起こして出て行ったりもしない。
だから、クルス。いや、クルスさん、クルス様。
見張らなくても大丈夫だから、少しは自由をください。
「迷子になって泣いたら大変だもんな?」
クルスはニヤリと笑って僕と手を繋ぐ。
何の嫌がらせだ。僕の捨て台詞を根に持ってるんだろう!絶対にそうだ。
でも、この嫌がらせは諸刃の剣だからな。分かってんのか!?
文句を言えば倍以上になって返るので、心の中に留めておく。
僕はテイマー。
名前はライマー。
レベルは51。
今日も幼馴染の延長の勇者パーティーと旅をしている。
*おわり*
お読みくださりありがとうございます。
流行りの『もう遅い』を書いてみようとした結果です。思っていたものと違ったらすみません。
ライマーが泣きながら「もう遅いんだよ。早く来いよ、ばかぁ!」ってサーカスにドナドナさせる予定だったんですが、仲間の結束が強くてこうなりました。
ライマーはパーティー内で弟やマスコット扱い。