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魔女の娘  作者: 青木 文
8/41

8 客人

「ウェン」

 ラセルが、後ろを向いた。顔は見えなくても、怒っているのを感じる。

「ごめんなさい。アリサ」

 ウェンディが、目を伏せた。

「貴方が、本当に、アーロネッサの客人かを知りたかった」

「どういうこと?」

 声が震える。

 あたしが見たのはいったい何?

「ここが、貴方の世界とは違うところだと言うのは、もう、信じてもらえますね?」

 あたしは黙って、頷いた。

「貴方の世界から、こちらの世界へやってくる人は、少なくはありません。高いところから落ちたり、道に迷った人たちが、何かの拍子にこちらの世界に迷いこむ。

そう言った人たちは、森にあらわれることが多いため、森人と呼ばれてます」

「あたしも、そうなの?」

 ウェンディは少し困ったように首を振った。

「森人たちは、本当に偶然、世界と世界の隙間から、こちらへ迷い込む。けれど、そうではなく、必然で呼ばれてくる人たちがいる」

「必然?」

 耳慣れない言葉。

「必要に迫られてって事」

 ラセルが、わきから口を出してきた。

 ウェンディが一呼吸おいて続ける。

「森人のほとんどは、この世界に長く居ることが出来ません。彼等はもともと、いるべきでない場所にいるのだから。精々一時間かそこら、ここに居るだけです。後は自然と自分の元いた世界へ引っ張られていく。でも、なかには違う人たちが居ます」

 ウェンディが、あたしの方を、まっすぐに見つめた。

 あたしも、ただ見返す。

「彼等は、森人とは違う。この世界に、必要とされてここに連れてこられる。その使命を果たすまで、帰ることはできない」

 帰ることはできない。

 その言葉が、耳のなかで、くり返される。

「その人たちは、客人と呼ばれる。それが、貴方です。アリサ」

「ど、ういうこと?」

 とてもゆっくりと、あたしの口が動いた。

 乾いた口から、言葉をこぼす。

「よく、わからない。それは、帰れないって事?」

「帰れます。貴方の使命を果たせば」

 ウェンディが、あいまいな笑みで答えた。

「使命って何よ?」

「それは、『紡ぎ手』にしか判りません」

「紡ぎ手?」

「神々の事」

 また、ラセルが短く口を出す。

「それじゃあ、わかんないってのと同じじゃない!」

 信じられない!

 思わず叫んだ。紅茶の湯気が震える。

「断言はできないってだけだ。予想はつけられる」

「ほんと?」

 ラセルの声が、全然普通で、思わず、頼るように見つめた。

「客人は呼ばれてくるんだ。必要としているものとは、呼び合うようになってる」

「どういうこと?」

「これだよ」

 ラセルがあたしの手を放した。

 とたんに感覚が遠くなる。

「森人は、おれたちの言葉が通じない」

 ラジオの声で、ラセルが言う。この声を聞いてると頭が痛くなる。

 ラセルが、また、あたしの手をとった。

「おれたちの言葉を理解できるのは、呼ばれてきたものである証拠。そして、客人を、必要としているものの側にいればいる程、その度合いが高くなる」

 まだ、よく判らない。

 あたしの表情を見て、ウェンディが、少し笑った。

「貴方を、必要としているのは、私たちなのではないかと思います」

「貴方達に対して、何かするのが、あたしの使命って事?」

「まあ、そういうことですね」

 なんで、あたしがそんな事しなくちゃならないんだろう?

 何だか、なんて言うんだっけ?そうだ、思い出した。『理不尽』な気がする。

「一体、何をすればいいの?」

「………」

 ウェンディと、ラセルが顔を見合わせた。

「あんたが、さっき見た、ものを話してほしい」

「さっき?」

 聞き返して、背筋が凍った。

 緑の湯気の向こうに見えた、真っ赤な手のひら。

 尚!

「あたしの、妹も、一緒にここの世界に来たの!」

 なお、何処に行っちゃったんだろう?こんな、何も知らない世界で、あの子がひとりだなんて。

「あの子、まだ5歳なの。ひとりできっと泣いてる。探さなきゃ」

 立ち上がってみたけれど、あたしは何をすれば言いのか判らない。きっと、尚もそうだ。

「お願い、あの子を探して!何でもするから」

 母さんに頼まれていたのに。あたしの妹なのに。

「それを、お前に協力してもらいたいんだ」

「え?」

 思わず聞き返す。

「まさか、それが『使命』じゃないよね?」

「多分、お前の使命は、お前の妹に関する事だよ」

 ラセルが、何だか、とても真剣な顔で言った。

「どうして?尚は、あたしの妹。あたしの世界の人間だよ?」

 『使命』って、この世界の事じゃないんだろうか?

「体は、そうかも知れない」

 からだ?

「でも、魂は、5年前、この世界を追われた魔女アーロネッサのものだ」

 

「どういうこと?」

「おれと、ウェンは、お前を見つける前に、5歳ぐらいの子供を見た。変な服を着て、お前と同じような、髪と肌をしていた」

「尚だった?!」

「その子供は、たった三つの言葉で、おれたちを吹き飛ばした」

「……どういうこと?」

 そう言いながら、あたしは、尚がいなくなる直前に聞いた、爆音を思い出していた。

 あの砂とほこりのなかに、尚が居たんだろうか?

 あのとき、あたしが聞いた声は、5歳の子供のものじゃなかった?

「……どうして?」

 涙が出そうになって、紅茶をすすった。

「あたし達、何もしてないよ。ただ、おばあちゃんの家に行こうとしただけなのに」

 駄目だ、これ以上喋ったら、泣いてしまう。

「お前の妹の体は、アーロに乗っ取られたんじゃないかと、思う」

 ゆっくりと、ラセルが話した。

「尚はどうなったの?」

「判らないけど、お前の妹の体を今操っているのはアーロだ」

「どうしたら、もとに戻るの?」

 あたしの妹。その体を、知らない人が勝手に使ってる。そんなの、許せない。

「アーロは、自分の体を探してる」

 尚を返して。

「彼女の体は、殺す事ができなかった。だから、王家で、秘密の場所に隠したんだ」

「魔女の体を返してやれば、尚は帰ってくる?」

「そうだけど、それじゃ困る。あの魂が自分の体にかえったら、その強大な魔法で、何をするか判らないからな」

「じゃ、どうするのよ?」

 まさか、ずっと尚の体を貸せとか言うんじゃないよね。

「妹の魂を、蘇らせるんだ。もともと、あの体は、お前の妹のものだから、きっと、その支配力は、アーロより強いはずだ」

 掴まれた腕から、熱が伝わってくる。

「まずは、アーロをみつけて、呼び掛けてやるんだ。お前の妹……ナオだっけ?そいつにな」

 呼び掛ける?そんなので、本当に尚はかえってくるんだろうか?

「そのへんは、魔術が関係してるから、ウェンに聞いてくれ。おれには分からない」

 そう言って、一旦あたしから手を放すと、自分の首の後ろで、手を回して動かした。

 そして、拳を、あたしの方に突き出す。

「ほら」

 反射的に、手を差し出す。

 手のひらに、銀鎖が落ちてきた。

 銀の板がついてるだけの、あまり飾りの無い首飾り。

「おれの、『銘』だ」

 銘ってなんだろう?

「四六時中、手をつないでる訳にはいかないだろ」

 思わず、深く頷いてしまう。

「それをつけてれば、触れるほどの効果はないけど、同じように、話が通じるはずだ」

 そう言って、手を放す。

「どうだ?」

「うん、ちゃんと聞こえる」

 少し、遠い感じがするけど、ノイズは聞こえない。

「ラセル」

 ウェンディが、少し困った顔をしてる。

「仕方ないだろ。あとで返してもらえばいい」

「当然よ。あたし、泥棒じゃないよ」

 思わずむっとする。そんなに、大切なものなんだろうか。

「わかってる」

 ラセルが、短く頷いた。

 あたしは、少し迷って、それを首にかけた。鎖をとめる金具は、あたしが持ってるペンダントのやつと同じみたいで、楽にとめることができた。

「今日はもう暗い。詳しいことは明日にして、休みましょう」

 あたしの首に首飾りがかかったのを確認して、ウェンディが言った。

「もしかして、野宿なの?テントとかも、なし?」

 恐る恐る聞いてみる。まさかこの地べたに寝るんだろうか?

 あたしの、去年買ったコートは、今までの出来事にだいぶ汚れていたけど、それでも、このまま寝るのは抵抗がある。

 ウェンディが眉を下げて、頷いた。

「ごめんなさい。なるべく軽装で、旅しているものですから」

 そう言って、それでも毛布のような布をくれる。

 あたしは何も言えなくて、それを受け取った。

 ラセルは早くも、自分のマントに包まって、横になろうとしてる。

 あたしも、渡されたマントを頭から被って、あまり石のない地面を探した。

 柔らかく草の生えた地面に横になる。

 暗い夜空を覆う木々のあいだから、ちいさな光が見えた。

 木と木の隙間をうめつくす、光の、粒。

 プラネタリウムみたいに、光ってる。

 びっくりした。

 星って、こんなに綺麗だったっけ?こぼれ落ちそうにたくさんの星。

 あたしの頭のなかが、その光でいっぱいになる。

 尚のことも、ここが、あたしの世界じゃないことも忘れて、あたしの意識は闇に落ちていった。


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