3 見知らぬ駅
『次は、奥新川』
車内のアナウンスが、おばあちゃんの住む駅の名前を告げた。
「ほら、尚起きな。次の駅だよ」
軽く揺すって、尚を起こす。
「おばあちゃん、どこ?」
泣きながら眠ったから、声が掠れてる。あたしは尚の頭を軽く撫でた。尚の体温が伝わってくる。
「駅で待っててくれるよ。おばあちゃんちに着いたらトランプやろう」
「ババ抜きね」
尚が、注文をつけた。それしか出来ないくせに。
「『おばあちゃん』ちで『ババ』抜きって、悪いんだ」
尚がひとりでくふふと笑う。
「ばーば。おばあちゃんもやるかな」
「『ババ』抜きでしょ?」
「うふふ」
尚が笑った。
青色の列車が、あたし達の前を通り過ぎて行く。
「おばあちゃんは?」
尚が、もう五回は言っただろう言葉を、また言った。だからあたしも同じ言葉を繰り返す。
あたし達が駅に着いて30分。迎えに来てくれるはずのおばあちゃんの姿はまだ見えない。
「もう少し、もう少ししたら来るよ」
尚が、駅のゴミ箱を蹴飛ばした。
「なお!」
「うーっ」
尚が言葉にならない声で唸った。薄い眉が下がってハの字だ。顔が赤い。泣き出す前のかお。
泣きたいのは、あたしの方だ。尚がいつも泣くから、あたしはいつも泣けない。
奥歯を噛み締めて、スカートを握り締める。
スカートのポケットに、硬い手ごたえ。ジュースを買ったお釣だ。
「尚、チョコレート買おう」
尚の、下がった眉が、もとに戻る。
「おばあちゃんが遅いんだから、それくらい平気だよ。おいで」
尚は黙ってうなづいた。
キオスクで、百円の板チョコを買って、尚と半分こする。口の中に、ドロリとした甘さが広がった。
長い間、チョコレートを食べて無かったことに気付く。昔は良く食べた。
日曜日の午前中、お父さんはいつの間にか居なくなると、午後になって紙袋にチョコを持って帰ってくる。母さんが、甘い物は歯に悪いからって、買ってくれないチョコだから、母さんに、見つからないように、公園へ出かけていって、二人で食べた。ときどきは、お父さんも一緒に三人で食べた。
「甘いね」
尚が、チョコを口の周りにくっつけて笑いかける。笑うと、口に中も真っ黒なのが分かった。
今日は、きちんと歯磨きさせないと。
「尚は、疲れてる?」
あたしは、今まで座ってたベンチから立ち上がって、尚を見下ろした。
尚が首を振る。
「じゃあさ、おばあちゃんちまで歩こう?」
ポケットからティッシュを出すと尚の口を拭いてやる。手に着いたチョコも。服にも少し着いてしまった。後で、母さんに怒られるかも知れない。
「道なら、覚えてるの。前にも行ったこといっぱいあるんだから大丈夫だよ」
「うん」
尚が、あたしを見上げて頷いた。