11 出発
「これからどうすればいいの?」
どこからか戻ってきたラセルと3人で朝食を取りながら、あたしは二人に尋ねた。
何もかも、人任せなのは不安だけど、あたしはここで何をすればいいのかさっぱり分らない。
「とりあえず、一端、城に戻るか」
ラセルがウィズの実を口に放り込んで、ウェンディの方を見た。
「そうですね。彼女が行くとしたら、やはり城しか思い付きませんし…」
彼女?尚の事だろうか。
「急いだ方がいいな。アーロがもし眠ってないなら、おれたちより先に進んでることになる」
「子供の足ですから、追いつけないことはないと思いますけど」
ウェンディがそういって、ちらりとこちらを見た。
「アリサ、体力と足腰に自信は?」
「まあ、人並みにはあると思う」
少し、謙遜してそう答えた。本当はけっこう自信ある。マラソン大会では、いつも賞状を貰ってるんだから、体力はあるって言っていいと思う。
「よかった。今日1日歩けば、明日にはつけますね」
にっこりと笑って、ウェンディが手に持った袋を縛った。いつの間にか、彼の朝ご飯は綺麗に無くなっている。
たき火の炎も、すっかり小さくされて、今すぐにでも、立ち上がりそうな勢いだ。
あたしは、手に持った、薄いスープを咽につまらせながら飲み干した。
「えっっと、どう言うこと?尚を追うんだよね?」
「そうだ」
短くラセルが答える。それ以上答える気はないらしい。彼も、マントを羽織ってすっかり歩き出せる状態だ。
「少々強行軍になりますが、城に着いたら休んで下さい」
言いながら、ウェンディが、たき火を踏み消した。
あたしも、洗わなくっていいのか少し戸惑った食器をしまいこんで、側に置いたリュックサックを背負った。
「ほら」
そういって、ラセルが太い木の棒を手渡した。思わず受け取って、握り締める。
あたしの手に丁度よく治まる直径だ。
「なに? これ?」
これで、悪者と戦えと言うんだろうか。
あたしが聞くと、ラセルは驚いたように、違う、多分本当に驚いて、目をまるくした。
「杖、だろ。足元は、これで調べながら歩け」
はあ。何も言えることがないので、ただ頷いた。
黙って杖を握り締める。さっきの目は、どう見ても、あたしの事を阿呆だと思っていた。そんなことも知らないのか、と言う呆れた目。
知るもんか。こっちは、山とか森なんて、年に一回も行かないんだから。全く知らないことばかりの世界なんだから。
むっとした気持ちを、あたしは杖で地面を叩くことで、紛らわせた。
「そうそう、そうやって、葉や草に隠れた地面に何も無いか調べるんです」
あたしの小さな怒りに気付いてるのか、ウェンディが励ますように、頷いた。
森の、あたしに取っては道とも呼べない道をラセルのあとについて歩く。その後ろから、ウェンディがついてくる。
昨日は大して運動していないはずなのに、足が重い。肩にかかったリュックサックも昨日より、硬く感じた。疲れが体の底にたまっているのを感じる。
「ウェンディとラセルは、なんで尚を追ってるの?」
歩きながら、ラセルの背中に尋ねた。
「………」
返事は無い。応答が無いのって、何だか落ち着かなくて嫌なんだけどな。
答えられないような事なんだろうか。ここは、あたしの知らない事が多すぎる。何も知らないのって、苛々する。
こんな訳分かんない状態で、あたしは本当に、ナオを取り戻せるのかな。
あの子の、キキララのゴムを思い出した。あたしの方を一度も振り返らなかった背中。
「あいつは、父上を、殺そうとした。だから封印された」
突然、前から、くぐもった声が聞こえてきて少し驚く。
さっきの質問の答えなんだろうか。
「アーロ……魔女、はおれ達のことを憎んでる」
声は、彼自信の体に遮られて、ひどく遠くから聞こえてくるような気がした。まるで、人じゃないものの声のよう。
急に、木漏れ日が顔を照らして、目が眩んだ。もう、何度も繰り返し思い出してる光景が、まぶたの裏によみがえる。
血に染まった、尚の手。いつもと少しも変わらないように見える、嬉しそうな笑顔。
あの子は、誰かを憎む気持ちなんてまだ知らない。その体を、憎しみのために魔女が使っているのだろうか。背筋が、恐怖なのか怒りなのか分らない寒気にひやりとした。
ラセルはそれ以上、何も言わなかった。あたしも黙って歩き続けた。