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魔女の娘  作者: 青木 文
10/41

10 魔法使い

「すごい!」

 何となくは、そうだろうと思っていても、本人の口から聞くと、あらためて興奮する。

 かれは、魔法使いなんだ。ディズニー映画や、オズの魔法使いの姿が、ウェンディの隣に浮かんでくる。どちらかというと、長い髭と帽子の『魔法使い』というよりは、そのきれいな顔は、妖精みたいに見えたけど。

 間違い無く、かれは、お話に出て来るのと同じ、『特別』なひとなんだ。

「そんなにすごいものでもありませんよ」

 苦笑して、ウェンディが首をふった。

「足が早いとか、手先が器用だとかと同じです。持って生まれた性質でしか無い」

 珍しく、投げやりな口調。何か、悪いことでもいったかな?

「そうでした、貴方にも、魔法について教えておかなければね」

 そういって、軽くあたしの頭を叩く。その声は、もう、いつものウェンディで、あたしはほっとした。

「朝御飯の準備をしながらでいいので、聞いて下さいね」

「あたしは、何をすればいいんですか?」

「この袋のなかに、さっきラセルがとってきた木の実があります。それの、殻剥きでも頼みますね」

 そう言って、もとは白かったのだろう袋をあたしは受け取った。ピンポン球サイズの茶色い実が、沢山入ってる。

「こうやって、溝のところからナイフで割って下さい」

 ウェンディが、やってみせると、きれいに割れた殻の間から緑のみが顔を出した。

 微かに甘い、アーモンドに似た香りがする。

「一つだけ、食べてみますか?」

「……」

「大丈夫ですよ、昨日みたいなことはありません」

 そう言って、ウェンディがあたしの手のひらに気の実を転がした。

 殻を剥くと、木の実はひと回り小さくなっていた。キャベツみたいな薄いグリーン。

 それを、人さし指でつまんで、口に入れる。口のなかに、軽い甘さが広がった。微かに草のような、風味のする、爽やかな甘さ。

「おいしい」

「ウィズの実と言うんです」

 ホッと息をはいて、ウェンディが眉を下げた。

「じゃあ、魔法について、お話しましょうか。あ、ちゃんと手は動かして下さいよ」

 もちろん。あたしの手は既にナイフを握ってる。家で使ってた、包丁とは少しちがうけど、図工で使う小刀と同じような感じだ。

「魔法、と言っても実は人によってやり方は違うのですが。大雑把に言って、目に見えないもののことを『魔法』と呼んでます」

 確かに、魔法を見たことは無い。アニメではいつも、杖の動きやきらきらの光で表されてる。

 目に見えないものをどうやって扱うんだろう?見えなくちゃ、触れない、使えない。

「私は、そのなかの精霊を使う魔術師なんです」

「セイレイ?」

 耳慣れない言葉だ。社会の授業で聞いたような気もするけど…違うだろうな。

「この世界の力の流れだと、私は師匠に教わりました」

 少し困った顔をして、ウェンディがたき火をさした。

「例えば、アリサにはあの火に何が見えますか?」

「え……」

 じいっと火を見つめる。火は、火だ。他の何にも見えない。

「私たちには、そこに力、炎のエネルギーが集まっているのが見えるんです」

 ウェンディには見えるんだ。『魔法』が。あたしには、見えない。

 何か、難しい話になってきた。

「そのエネルギーを、ある手順を用いて、自分の意志の通りに動かすこと。それが私の魔法ですね」

 駄目だ、さっぱりわからない。学校の授業よりずっと難しい。

「さっきのを例にとると、枯れ葉に火を起こすためには火のエネルギー、炎の精霊が必要だった。けれど、枯れ葉の周辺には火の精霊はいない。それで、太陽の光のエネルギーを借りてそれを火の精霊に変えたんです」

 あたしは余程、情けない顔をしていたのだろうか。ウェンディが、苦笑して、付け足した。

「私は、説明が苦手で…まあ、わからなくても、そんなには困らないと思いますよ。これだけは覚えていれば十分です。全ての魔法には理由がある。火を起こすのに、太陽が必要だったように。何もないところからは生み出すことは出来ない。見えなくても、触れられなくても、そこに確かに『それ』はあるんです」

 『それ』ってなんだろう?見えないのに、そこにあるもの?

 どうやら、魔法と言うのは、杖を振るだけではだめみたいだ。なんだか面倒な、理屈が必要なんだ。アニメの登場人物は、あんなに簡単に使ってるのに。

「全ての魔法には理由がある」

 彼の言葉を繰り返す。そうすれば、理解できるかなと思ったけど、教科書の朗読のようにはいかなかった。

 すべての魔法…あたしが見た魔法はせいぜい、昨日の紅茶ぐらいだ。


「昨日の、あの」

 あたしは、ずっと聞きたかったことを聞いておこうと思った。ううん、ほんとは聞きたくない。でも、聞かなきゃ不安でしかたない。


「……あたしが、見た…あれは」

 あれ、としか言えなくても、ウェンディは解ってくれたみたいだ。

「昨日は、ごめんなさい。あなたには、紅茶のなかにアーロネッサの姿が見えたのでしょう?」

「…うん」

 あたしは、黙って頷いた。手許の、ウィズの実に意識を集中させる。

 何かに気を向けておいた方がつらくない。お父さんと、母さんがけんかしている時は、勉強をするのと同じだ。

「床に……緑の服を着たおじさんが倒れてて……尚が…、血まみれの手で、笑ってた」

「!」

 ウェンディが息を飲む。そこまでは、話してなかった事を思い出した。

「あれ、本当じゃないよね?」

「……あの紅茶は、貴族の間で、お遊びに使われている占いのおもちゃです」

 うらない。あたし達が、雑誌で読んでるのと同じようなものだろうか。

 同じように、当たらないものなんだろうか。

「それを飲んだ人の、未来を映すといいます。他愛のない魔法ですが、当たらないわけでも無い」

「あれは、本当になるって言うこと?」

 唇が震えて、上手く言葉にならない。

 ウィズの実の殻を剥かなきゃ。手許が狂わないよう、気を付けて。

「そうかもしれないし、そうじゃないかも知れません」

「どうして……」

 ナイフを持つ手が止まった。半分殻の取れた実と一緒にひざに転がす。

「何一つ、断言してくれないの。大丈夫だって、言ってくれないの」

 まぶたが熱い。回りの空気がやけに冷たく感じた。

 ウェンディが、困った顔をしてる。誰かを思い出すその顔。

「断言したら嘘をつくことになります」

 あたしは甘えたんだ。不安や、心配は全てウェンディにまかせて、安心したかった。考えたく無かった。

「大丈夫だと、いくら口にしたところで、現実はかわらない。今、私が、貴方にそう言っても、一時の安心が得られるだけです」

 それは、正しい。母さんが、「大丈夫よ」って言ったって、結局二人は離婚したように。「すぐ行くから」って母さんは言ったけど、いつ迎えにくるかなんて、本当はわからないように。

 嘘をついて、安心させてもらっても、あたしはいつも不安だった。それでも、嘘をついてほしかった。

 嘘だってわかってるのに、なんで、それを欲しがっちゃうんだろう。自分が情けなくて、悔しくなる。あたしは、ばかだ。

 唇が震えて、鼻の奥がつんとしてる。泣くもんか。これ以上、ばかになんてなりたくない。

「魔法には未来を見るものもあります。確かに、その魔法は当たる。でも、未来のすべてを知る魔法はありません」

 何を言いたいんだろう?いつに無く、ゆっくりとした声の調子が、気になったけど、半ベソ状態の顔をあげるわけにはいかなくて、黙って聴いていた。

「あなたは、血にまみれた妹さんの姿を見た。でも、それはまだ決まっていない未来の一コマでしか無い。それが本当の血だったかは分らないし、倒れた人が、彼女によって傷つけられたとも決まっていません」

 そっと、俯いていた顔を上げる。ウェンディの長い、きれいな髪が見えた。そのなかの、マリア様みたいな綺麗な笑顔。

 どちらともいえない。何一つ、断言してはくれなかったけれど。

 なぜか、まぶたの熱がひいた。体が軽くなった。たき火の暖かさが、急にはっきりと伝わってくる。

「もしかしたらその赤は、トマトやワインだったかもしれないでしょう?」

「ふっ」

 ウェンディが、おお真面目な顔でそういうのを聞いてたら、おかしくて、思わず笑ってしまった。

「あはっ、ははっ」 

 なんでだろう、そんなにおかしいことだか分らないけど、声を出して笑うのは、物凄く気持ちよかった。

 笑って、細くなった目から、少しだけ涙がこぼれ落ちたけど、気持ちよかった。

 泣いていることに気づいてたと思うけど、ウェンディは何も言わなかったから、あたしは初めてウェンディが好きだなって思った。

 この、判らないことばかりの世界を、少し、好きになった。

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