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1 百日紅と梅
1 百日紅と梅
庭には、梅の木と百日紅。お父さんがあたしと尚、それぞれが生まれた時に植えた木。手前の花壇では、去年あたしと尚が埋めた球根は白いチューリップになっていた。
見上げると、二階の窓に、尚が書いた落書き。暗くてよく見えない部屋の中で、背の高い影が見えた気がした。
「在幸」
母さんの声に、玄関の方を振り向く。
「そろそろバスの時間でしょ、行こう」
そう言って、尚にするように、手を差し伸べてきたけど、あたしは笑って尚の手だけを握った。小学五年生にもなって、母親と手を繋ぐのは恥ずかしい。
「おばあちゃんによろしくね。母さんもすぐに行くからいい子にしててね」
そういいながら、母さんは尚のマフラーを結びなおした。三月だけど、あたし達の住む町はまだ寒い。一週間前に雪が降ったばかりだ。あの日、雪さえ降らなければ、今頃は梅が咲いていたかな。
「おねえちゃん」
尚があたしの手をひいた。母さんは、もう先を歩いてる。あたしも後を追った。後ろは振り返らない。
耳の後ろで、かすかに、梅の匂いがした。