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第091話 命をつないでくれ

「え……?」


 ミクルがグレインの喉を切り裂いた。

 サブリナは、目の前で起こった事実を俄に理解できないでいた。

 ただ、自分が好意を寄せる人が、喉から血を流し、苦しみもがいている事だけは認識する。


「……あ……ぁ……ダ……ダーリン!!」


 サブリナがようやくその言葉を発すると、異常事態に気付いたトーラスが、魔法を発動しながらグレインとサブリナの元へと駆け寄る。

 発動したのは拘束魔法。

 ミクルの身体はナイフを持ったまま、空中に縛り付けられる。


「グレイン! ……これはまずいな。一刻を争う……サランギルドに運ぼう!」


 トーラスは血溜まりができているグレインの足元に転移渦を生み出し、蹲ったままのグレインが転移渦に飲み込まれていく。

 トーラスもグレインを飲み込んだ直後の転移渦に飛び込むと同時に、サブリナも駆け込んでくる。


 サランギルドの訓練場では、突然血まみれのグレインが出現したため、半ばパニック状態に陥る。


「グレインさま、グレインさま! いま治癒剣術を……」


「ちょ、ちょっと! グレイン! 一体何が……」


 グレインに駆け寄るハルナとナタリア。

 呆然と立ち竦むアウロラ。

 悲鳴を上げて震える数名の子供達。

 そこにトーラスとサブリナは降り立った。


「っ! だめ! ……間に合わないっ!」


 仰向けに横たえられたグレインの顔はどんどん血色を失い、その首筋に矢を突き刺した状態のまま青い顔をするハルナ。


「っ、しっかり! しっかりしてよ、グレイン!」


 ナタリアがグレインに声を掛けるが、彼の反応は無い。


「リリー、リリーはいないか!?」


 トーラスはリリーを探すが、彼女の姿は見当たらない。


「り、リリーちゃんは……子どもの人数が多すぎて一度に馬車に乗り切れないから、第一陣として先にセシルちゃんと一緒にヘレニアに向かってもらったの……。もう馬車は出発してしまったから……走って追いかけても間に合わないと思う」


 微かに震える声でアウロラが答える。


「そんな……。でも、追いかけるしかないね……。『暗黒噴射(ブースター)』!」


 トーラスは、自身の周囲に黒霧を生み出す。


「リリーに追いつき次第、転移魔法で戻ってきます。彼は……絶対に死なせない!」


 言うが早いかトーラスは、黒霧から噴き出す猛烈な風を残して、空の彼方へと飛び去っていく。

 そんなトーラスとは対照的に、悠然とナタリアに歩み寄るサブリナ。


「第一夫人よ……妾がついていながら……このような事態になってしまって申し訳ない。……だが妾は……魔族の……魔族の女王としての誇りにかけて、そなたとの約束は果たすぞ」


「サブリナ……?」


「心残りは……そなたと……ダーリンと、三人でのんびり過ごしたかったことじゃな……。温泉に浸かったり、ピクニックしたり、一日中魚釣りをしたり。そして、世界中を旅したりな……。どれも叶わぬ夢じゃったが、せめてそなたとダーリンだけでも、妾の分まで幸せになっておくれ。妾は……いつでもそなた達と共におるゆえ……」


 サブリナは、その眼に涙を湛えたまま、ナタリアに笑顔を向ける。

 それは、この場に似つかわしくないほど爽やかな笑顔であった。


「……ねぇ、ちょっと待ちなさいよ……あんた……一体何考えてるの!?」


 サブリナはその問いには答えず、静かにグレインのもとへと向かう。

 ハルナはサブリナの目を見て、自然とグレインに刺していた矢を抜き、グレインとサブリナを二人きりにするため一歩引き下がる。


 サブリナはグレインの手を握り、静かにその顔に自らの顔を近付け、そして唇を重ねる。

 それはほんの一瞬の出来事だったが、まるでそこだけ時間が止まったように、長く長く感じられた。

 その後、離れた唇から紡がれる詠唱。


「『変換治癒(トランス・ヒール)』」


 たちまち、グレインの傷は塞がり、その蒼白であった顔には生気が戻る。

 代わりにサブリナの喉元からは血が滴り、そのままグレインの上に倒れ伏す。


「サブリナっ! あんた……! やめなさい!」


 サブリナの行いに気が付いたナタリアが、二人を引き剥がす。


「……言った……じゃろ……。魔族の誇りに……かけて、……彼を……守……り通す……と……」


「わかった! もういいわ、話さないで! ハルナ、ハルナ急いで!」


 ナタリアが涙でぐしゃぐしゃの顔でそう叫ぶと同時に、ハルナが治癒剣術の矢をサブリナの首に出来た傷口に突き刺している。


 しかし、その効果はグレインの時と同様に芳しくないようで、次第にハルナの顔に焦りの色が浮かぶ。


「どうして……どうして! 効いてくれないの! お願いだから……! サブリナさん!」



「ん……何が……。……っ! サブリナ!」


 ハルナが取り乱す声でグレインが目を覚まし、サブリナに駆け寄る。


「サブリナ! サブリナぁぁぁぁっ!」


「……ダ……リン……よか……った……」


「サブリナ! お前……何やってるんだよ! まだ、これからじゃないか! 俺は、まだお前のことを幸せにできてないだろ!?」


 グレインはハルナを強化する。


「悪あがきでも何でもいい、できる限りのことをしよう」


「はいっ!」


 そしてハルナは強化された治癒魔力を矢に込めるが、やはり一切効果は感じられない。


「うっ……うぅっ……サブリナさん……。私が……その怪我を引き受けられれば良かったのに……」


 とうとうハルナは治癒剣術を諦め、項垂れて泣き出す。


「諦めないでよ〜!」


 そう叫んで颯爽と現れたのは、二人のミスティ──ミスティとリッツだった。


「ハルナとやら、今の言葉嘘じゃねえよな? お前がサブリナ様の怪我を引き受けてくれるってんなら、早くサブリナ様の手を握れ!」


 ミスティが詠唱準備に入ると同時にリッツが叫ぶ。


「は、はい……。私なら、自己治癒力があるので……」


 そう言ってハルナはサブリナの手を握る。


「ではいきます! 『半減反射(ハーフ・ミラー)』!」


 ミスティがそう詠唱すると、サブリナとハルナを挟むように、合わせ鏡が出現する。


「サブリナ様! お願いです! 最後の力で、治癒術を掛けてください!!」


 リッツが必死にサブリナに呼びかける。


「…………」


 サブリナは薄れゆく意識の中で、声を出す事すら出来なかったが、必死に詠唱を試みる。


「……サブリナ、頑張れ! ここにいる俺達は皆お前の仲間なんだ! 仲間を信じて、最後の……力で!」


 そう言って、グレインはサブリナを強化する。


「…………っ!」


 詠唱こそ聞こえなかったものの、ハルナが握っているサブリナの手が微かに光る。


「どうやら、微かではあるが発動していただけたようだ……。神様……」


 リッツは跪き、目を閉じて祈りを捧げる仕草をしている。


「ミスティ、これはどういう魔法なんだ?」


「この魔鏡の合わせ鏡に挟まれた空間では、すべての効果が反転するの。……ただし、その性能は半減するけどね。リッツさんから聞いた感じ、サブリナさんの治癒術は相手の怪我を全部自分が引き受けて、その代わり相手を癒すって事だからさ、それを半減・反転させれば……」


「サブリナの怪我の半分を、ハルナに引き受けさせる事になるのか!」


「そそ。ただし、サブリナさんの怪我の半分をハルナさんに渡したって、サブリナさんが助かるかは分からないけどね。……それに……もしかしたらどっちも……っていう可能性もある」


 ミスティは途端に暗い顔になる。

 確かにハルナの命も失われるという事は、自分の魔術で死人が一人増えることになるのだ。


「それは本当に……一か八かの博打だな。ハルナの自己治癒力は俺が全力で強化するから、あまり心配しないでくれ」


 そう言って、グレインはサブリナと同時にハルナも強化する。

 ハルナの首筋には既に傷が浮かび上がっており、やはり血が滴り落ちている。


「リリーは、リリーは居ないのか!?」


 グレインもトーラスと同様、リリーを探し始める。

 そこへアウロラが、消え入りそうな声で告げる。


「リリーちゃんは、馬車でヘレニアに向かってて、トーラスさんが追いかけてるの……」


「そうか……。ハルナ! もう少しだけ……もう少しだけサブリナの命をつないでくれ! そしたらトーラスが、リリーを連れてきてくれる!」


 ハルナは辛そうな顔でグレインの方を見て、頷くのが精一杯だった。

 グレインは全力でハルナの自己治癒力を強化しているが、ハルナの首筋の傷は塞がらず、流れる血も止まらない。

 ハルナも予断を許さない状態まで追い込まれていたのだ。


 その時、サブリナの手から発せられる光が止む。


「サブリナさんの治癒術が終わったみたい。これでハルナさんにサブリナさんの怪我の半分が移譲されたはず」


 ミスティがそう言うと、祈りを捧げていたリッツが立ち上がり、サブリナを見る。

 しかしサブリナの状態は先程と殆ど変化はなく、ハルナが一方的にサブリナの状態に近付いているように見えた。


「そんな……それほどまでの深手だったか……」


 リッツはその場に膝を付き、崩れ落ちる。


「ま……だ……。……もう一回……サブ……リナさん……!」


 その言葉を発したのはハルナだった。


「待てハルナ、それだとお前の方がもたないだろ!」


「いえ、グレインさまの……為なら……この命……」


 そう言ってハルナはグレインに微笑みかける。


「やめろよ……やめてくれよ! 何でだよ! 俺なんかの為に、みんなの大切な命を犠牲にしないでくれ!!」


「俺……なんか……などと……申……すで……ない……」


 サブリナが、息も絶え絶えに言葉を発する。


「妾は……お主の為に……命を失う……ても……構わ……ぬと……」


「サブリナさん……もう一回……お願いします」


 ハルナとサブリナは見つめ合い、お互いに頷くと、再びサブリナの手が光を帯びる。


「ふ、二人とも! やめ──」


 そう言いかけたグレインの前に、リッツが立ち塞がる。


「まだ分からんのか! 貴様を生かす為に自らのお命を擲とうとするサブリナ様と、同じ覚悟をあの者にも見たから、サブリナ様は二度目の変換治癒を発動したんだ。あの者はそこまでして、貴様の為にサブリナ様の事を助けようとしているのだぞ! 貴様は……二人の決死の想いを無下にするつもりか?」


 そうしている間にも、ハルナとサブリナの血が混ざり合って出来た血溜まりは広がりを続けている。

 グレインは、ただ二人の能力を強化し続けることしか出来ない自分に歯痒さを感じていた。


 そして、二回目の変換治癒も終わりを迎える。

 相変わらずサブリナの傷は癒えているようには見えないが、ハルナはもう限界だった。

 サブリナと片手を繋いだまま隣に倒れ、仰向けで並んで空を眺めている。


「……さすがに……もう……私も……」


「妾も……お主を……道連れにしたようで……済まなかったの……」


 二人はそう呟くと、静かに目を閉じる。

 グレインもリッツもミスティも、見ている者誰もが口を開かなかった。

 すると突如、地面に黒い渦が生じ、トーラスとリリーが現れる。


 グレインは涙を流しながら叫ぶ。


「リリー、そこの二人を殺してくれ!」


思いがけず長くなってしまいました……。

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