第081話 お母さんの遺言で
「助けてくれてありがとねぇ〜。ミスティちゃん、危うく死ぬところだったよ」
サブリナによると、ミスティの結んだ契約は、彼女の命が失われたことで達成されて効果を失った筈だという事なので、リリーが『蘇生治癒』でミスティを蘇生したのであった。
「ミスティ、こちらも無理矢理言わせるような事をしてしまって……すまなかった」
「ミスティちゃん、ごめんなさいっ!」
グレインとハルナはミスティに頭を下げて謝罪している。
「ミスティもミスティじゃ。契約を交わしておるなら、最初からそう申せば良かったのじゃぞ?」
サブリナが腕組みをしてミスティにジト目を向けている。
どうやら、グレインがミスティに頭を下げている事が気に入らないようだ。
「いやぁ〜、軽い口約束が、まさかあんな事になるとはねぇ」
「契約する時には、言葉にそれなりに魔力を込めなければならんのじゃが、注意しておれば気が付いたのではないか?」
「まぁ、魔力が集約されていれば気がつくよ。これでもミスティちゃんは魔法使い……を目指してたからねぇ〜。でも、契約の存在を知らなかったのと、目の前に金貨の山が置かれたらそういう事も忘れちゃうでしょ」
「それが奴の作戦じゃろ。金に目が盲んだ隙を突いて契約を結ばせる……古典的な手法じゃな」
サブリナが溜息交じりにそう呟いたところで、ミスティの顔が青ざめる。
「あ……もしかして! お金!」
慌ててミスティは腰の財布を取り出してひっくり返すと、一ルピア銅貨二枚が落ちてくる。
「ひぇっ! たったの銅貨二枚……こ、こっちは!?」
ミスティは胸元に隠していた小さな巾着袋を取り出すが、こちらは中身が空っぽになっている。
「えぇぇぇぇっ!?」
その後もミスティは、靴の中や太腿、背中など、ありとあらゆる所から、金を入れていたであろう袋を取り出すが、全て中身は空っぽであった。
「まぁ、契約も一種の魔法じゃから、どこに隠しておいても契約に従って消え失せるじゃろうな」
肩を竦めるサブリナ。
「そもそも何ヶ所に分けて持ってんだよ……」
グレインはミスティの目の前に置かれた巾着袋の山を見て呆れ返っていた。
「お金は……カツアゲに遭った時のために十箇所以上に分けて持ちなさいっていうお母さんの遺言で……。でも全部無くなっちゃったぁ〜! うわぁぁぁぁぁぁん!」
牢の中で大泣きするミスティ。
「ナタリア、こいつもお前みたいに、泣くとうるさいな」
そう言われたナタリアは、笑顔でグレインの頬を抓りながら言う。
「ん? 『あたしみたいに』ってのは余計でしょ? ねぇ?」
余程痛いのか、グレインは涙目で首を縦に振っている。
「ミスティ、あんた実家に帰んなさいよ。ありがたい『遺言』をくれたお母さんが待ってるわよ? そう言えばこないだも、ギルド経由でお母さんから手紙が届いてたわね」
ナタリアの言葉に驚いてミスティを見る一同。
「生きてる母親を勝手に殺すんじゃない! ……まったく、こいつの話はどこからどこまでが真実なんだか」
思わず声を荒げ、ミスティを見てますます呆れるグレイン。
「ほとんど嘘だと思った方がいいんじゃない? どうせ今泣いてるのも嘘泣きに決まってるわ」
ナタリアが冷たく言い放つ。
「あ、姐さんまでそんな冷たい事言わないで下さいよ……ぐすっ」
ナタリアはそう言ったミスティを睨み、短く言葉を返す。
「呼び方」
ミスティはてへっと舌を出して言い直す。
「あ、すいませんクソババア」
「馬鹿にしてんのかコラァァァ!」
ナタリアがミスティに大声で怒鳴り散らしているので、グレイン達は耳を塞いで牢小屋を飛び出して訓練場に退散する。
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「あっははははっ! いやー、ミスティ、あいつ絶対にふざけてるよな」
グレインは腹を抱えて笑っている。
「それにしても……こんな所で油を売っていてよろしいのですか? 王都へ向かうというお話をお忘れなのでは?」
セシルがグレインを窘めるように尋ねる。
「そこは、アーちゃんナーちゃんの力が必要なんだよね。何とかトーラスに連絡する手段がないかと思ってさ」
「……トーラス様の転移魔法ですわね?」
「そう! 今から一週間以上もかけて王都に向かってられないだろ? 誘拐された子ども達が、今どういう状態なのかも分からないんだ! 事態は一刻を争うんだ!」
「さっきまで、ナタリアさんとミスティさんのやり取りを見て大笑いしていた人の言葉とは思えませんわね……」
セシルは溜息交じりにそう呟くが、グレインの言葉にリリーが疑問を呈する。
「サランから王都に……一週間以上……? 三日で……着くよ……?」
この疑問には、ハルナが『てへへ……』と照れながら答える。
「あー……それは、最初にグレインさまと一緒に立てた旅程ですね……。途中で釣りと温泉と山菜採りが含まれて十日掛かる予定でした」
「「「一刻を争ってない」」」




