第068話 大事な人を、神隠しで
「とりあえず俺達はヘレニアに行くとするか。ナタリア、あんまりミスティを虐め過ぎるなよ? また泣かされるぞ」
「えぇ、ほどほどにするわ……。行ってらっしゃい」
ナタリアは先ほどまで泣いていた目を擦りながら、ギルドの入口前でグレイン達を名残惜しそうに見送っている。
そんな様子を見ていたセシルが声を掛ける。
「あら、行ってきますのキスはされないのですか?」
「「新婚夫婦か!」」
巫山戯てからかうセシルに対し、声を揃えるナタリアとグレイン。
「お二人を見ていると、まるで新婚夫婦のように見えますわよ? ほら、次に帰って来られるのはいつになるか分からないのですし。もしかしたらグレインさんも神隠しに遭ってしまう可能性だって無い訳ではないのですから」
見れば、ハルナとリリーも顔を赤くして、グレインとナタリアを凝視している。
心なしか唇を尖らせているようにも見える。
「いや、みんなそんな目で見るな! しないぞ! ……特に、リリーの前でなんて教育に悪い」
「教育に悪いなんて……グレインさんはリリーちゃんの目の前で、一体何をしようとされてるんですの? あぁ、なんて大胆な……見られると興奮す──」
調子に乗り過ぎたセシルの頭上にグレインのゲンコツが落ちる。
それに怯んだセシルの首根っこをナタリアが掴み、そのままギルドの中へと引きずり込む。
「いたぁぁぁぁいですわぁぁぁ……」
「さすが……。見事な連係プレーですっ!」
妙な所に感心するハルナであった。
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それから小一時間が過ぎ、『災難治癒師』は改めてへレニアに向けて出発する。
セシルは、先刻とは打って変わって、一言も言葉を発さず、その緑髪の毛先をいじいじと弄っている。
明らかに様子がおかしいのだが、ギルドの中で何があったのかは誰も聞かない。
「さて、ミスティはどれぐらいで懲りるだろうな」
「どうなんでしょう……。さすがに食事があれでは……。カビの生えたパンなんて、もはや人間の食べ物じゃないですからね。食事を一切摂らないというのであれば、今夜あたりが山場ではないでしょうかっ」
セシルは押し黙ったままなので、ハルナが元気に答える。
「ヘレニアに行って帰ってくる頃には、すっかり方が付いてそうだなぁ」
「そう言えば……神隠し……でしたよね」
突如、ハルナが浮かない顔でグレインを見る。
「何だ? お前まで俺が神隠しに遭うと思ってるのか?」
ハルナは無言で俯き、セシルと同様に何も喋らなくなってしまう。
「……よし、一旦この辺りで食事休憩にしよう。このペースなら、夕方ぐらいには着けるはずだ」
ヘレニアは比較的サランに近い町であり、歩いても丸一日掛からないぐらいの距離しかないのだ。
そのため、一行は既にサランとヘレニアの中間地点付近にまでやって来ていた。
この辺りでは、ちょうど休息するのに適した草原の中を街道が通っており、少し離れた所に小川が流れているのが見える。
グレイン達は街道を外れ、草原の上に寝転んで休む。
草のベッドで暫し横になったあと、グレインが立ち上がる。
「よし、あそこの川で水汲んでくるな。皆はここで待っていてくれ」
「わ、私も行きますっ!」
そう言って、ハルナもグレインの後をついていく。
ハルナの様子を不思議に思ったグレインは、軽い気持ちで聞いてみる。
「ハルナ、神隠しで何か嫌なことでもあったのか?」
「私……以前……大事な人を、神隠しで亡くしているんです」
ハルナは意を決したかのように、話し始める。
「私が冒険者になったのも、その大事な人を探し出す為なんです。世界中を回れるようになれば、いつか何処かで見つけられるかもって、……それで」
ハルナの口から出たのは、元気な彼女の様子からは想像もつかないほど重い話であった。
グレインは衝撃を受けて軽い目眩を覚える。
「そっか……。その大事な人、見つかるといいけどな」
「はい……。そして今は……グレインさまが私の大事な人なので。また神隠しで失ってしまうのではないかと心配になりまして」
「えっ」
これもグレインは初耳であった。
グレインは自分の預かり知らぬところで、神隠しにあった人から『ハルナの大事な人』の座を奪っていたのである。
「えーっと、それはつまりどういう……。……お、俺にはナタリアがいるから、ハルナとは結婚できないぞ?」
「えっ?」
「えっ?」
二人はお互いに顔を見合わせる。
「ハルナの大事な人って、こ、恋人とか婚約者じゃないのか?」
「あぁ、そういう……」
ハルナは顔を赤くし始める。
「すみません、誤解を招く言い方をしてしまいました……。神隠しで亡くした大事な人は、治癒剣術の師匠である、私の父なんです」
それを聞いて、今度はグレインの顔が赤くなる。
「あー……お父さんね……。……つまり、俺はハルナの父親代わりって感じなのか」
「いえ、決してそういう意味ではないですっ! ……父親と言うよりは、むしろ恋人に近いような……。いえ、そういう意味でもないですっ!」
ハルナは慌て、忙しなく両手をはためかせている。
「結局どういう意味か分からないが、なんとなく事情は分かったよ。……それで、どうする? 今回の依頼は失敗扱いとして、受注取りやめにするか?」
「……いえ、大丈夫です。でも、一つだけ約束してください。私を、一人にしないで、……置いていかないでください」
ハルナはそう言って、右手をグレインに差し出す。
「あぁ、分かった。約束する」
グレインはその手を取ってそう告げた。




