第062話 夜明けまで
グレイン達はハルナを蘇生した後、大急ぎで血塗れの構成員たちを治療し、なんとか全員の命を取り留めることに成功する。
ハルナが治療している間、リリーにはひたすら休んでいてもらい、最後に二人の遺体を捕縛した後で、『蘇生治癒』で蘇生を行ったのである。
「てめえら一体何者なんだよ? 見たこともない魔法ばっか使いやがって……。死んだ人間を生き返らせる魔法なんて、神様でも使えるかどうかって代物じゃねぇのか?」
竜巻盗賊団の剣のリーダー、セインは、リリーの術で死んだ仲間が息を吹き返したことに驚きを隠せないでいる。
「それにしても、なんで俺達を生き返らせてくれたんだ? ……もしかして心を入れ替えろって釈放してくれたり──」
セインはその眼に僅かながら期待の火を灯す。
「する訳ないだろ! 生け捕りなら報酬が上乗せされるんだよ。ただの金の為だ。死ぬまで鉱山あたりで働いて、心を入れ替えてくれ」
セインの期待はあっさりとグレインに打ち砕かれたのだった。
「……それって心を入れ替える以前に死んでるじゃねぇか。……まったく……。セシル、お前とんでもないパーティに拾ってもらったんだな。まぁ、お前のヒールの使えなさっぷりも、蘇生魔法と同じぐらい見たことなかったけどな!」
セインはずっと負け惜しみのような愚痴を呟いていたが、死んだメンバーが蘇生されたことによるものなのか、その顔には少しだけ安堵の笑みが含まれていた。
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既に時刻は真夜中であり、捕縛した竜巻盗賊団を引き連れて街道を歩くのは逃走されるリスクが高いということで断念し、夜明けまでは彼らが逃げ出さないよう交代で見張りをつけ、夜が明けてから町へ移送することにしたのであった。
いまはセシルが仮眠を取っている。
蘇生治癒でへとへとに疲れ果てたリリーは見張り当番無しで、グレインの背中に負われて静かな寝息を立てている。
グレインの強化が無い状態では、一度使っただけで一週間は寝込むほどの大技であるにも関わらず、それを立て続けに三度施術しているのだから、リリーの疲労は無理もない話であった。
墓地のあちこちに立てられていた松明を集めて作った焚き火の前に腰掛けるグレインとハルナ。
グレインはリリーを背負ったまま、囁くような声で隣のハルナに話し掛ける。
「ハルナ、さっきは怖かったか?」
「そう……ですね。正直、怖かったですし、……痛かったです。」
その言葉を聞いて、自分の命の恩人に苦痛を与えてしまったことを改めて知り、グレインの胸はチクリと痛んだ。
「済まなかった! 本当に……この通りだ」
グレインはハルナに頭を下げる。
「いえ……大丈夫ですから。それに、リリーちゃんのためでもありますし。……グレインさまは、リリーちゃんがいつまでもパーティに馴染めないんじゃないかって心配してるんですよね?」
ハルナがそう言うと、グレインは目を丸くして彼女の方を見る。
「ナタリアの時もそうだったが、俺ってそんなに分かりやすいか? 確かに、リリーにとって、このパーティは家族みたいに気兼ねなく過ごせる居場所であって欲しいと思ってるところはあるな。……それに、彼女はきっと今まで所属していたどのパーティでも、怖がられ、避けられ、嫌われ続けてきたんだ。だから、俺達のパーティに来たからには、そんな嫌な思いはして欲しくないし、リリーの全てを受け止めたいって、そう考えてるかな。俺のヒーラー強化能力もあることだし」
「ふふっ……。グレインさまの能力って、下手にジョブがあるよりも強力なんじゃないです?」
ハルナが、リリーを起こさないように静かに笑う。
「でも、俺は本当に役立たずなんだぞ? 自衛の為に剣は持ってるけど、そこらの駆け出し冒険者にも負けるレベルだし、魔法だって何一つ使えない。荷物も大して持てないし、女にもモテないし」
溜息をつきながら、グレインは肩を竦める。
「でも、グレインさまの事を本当に信頼している仲間が、ここに三人もいるじゃないですか。それに……お姉ちゃんだって。……きっとこの世には、世の中みんなが見捨てるような人なんて、いないんですよ。自分を必要としてくれている人が、世界のどこかには必ずいるって。私も、いくつかのパーティを追い出され続けてきましたけど、グレインさまとパーティを組んで、そう思いました」
「実際このパーティには、身体を張ってくれるハルナが必要だし、普通の治癒だってハルナしか使えないだろ? それに、セシルの攻撃治癒魔法も今や欠かせない存在になってきて、リリーの強力な暗殺術と蘇生治癒まである。このパーティには、誰一人として不必要なメンバーはいないんだ。……それにしても、みんな他に類を見ないほど強力な能力を持ったメンバーが、よくこのパーティに集まって来たよな」
グレインは頭を掻きながら、はにかんだような笑みを浮かべる。
「グレインさまには、それがどうしてだか分からないのですか? ……ふふっ。グレインさまが、みんなの全てを受け止めてくれたからですよ」
笑ってそう言うハルナは、焚き火の明かりに照らされてまるで太陽のように、眩く無邪気な表情をしている。
「さて、そろそろハルナはセシルと交代してくれ。一眠りしたら夜が明ける頃だろうさ」
グレインの背に負われていたリリーも、いつしか密かに薄ら開けていた瞼から涙を滲ませ、笑顔を浮かべていたのであった。




