第049話 上映会
「……っ!」
突如ギルドの裏庭に現れたグレイン達一行を見て、ナタリアが歩み寄る。
「よ、よう、ナタリア。久しぶり……と言っても三日振りだけど──」
グレインがそう声を掛けるも、ナタリアは彼の横を通り過ぎる。
次の瞬間、小気味良い音が辺りに響き渡る。
ナタリアが、ラミアの頬を打っていたのだ。
「ラミア……あんた、よくもぬけぬけと表に出てこられたわね! あんたのせいで、グレインは……ぐっ、グレインはぁぁっ!」
ナタリアは、目からは大粒の涙を零しており、打たれたラミアよりも、ナタリアの方が悲痛な顔をしているのは一目瞭然であった。
「ナタリア、もう良いんだ」
グレインは、ナタリアとラミアの間に割って入り、ナタリアの肩に両手を添える。
ナタリアの大きな黒い瞳が、グレインを真正面から見つめている。
「良いって、何がよ!? あんたまさか……この雌豚に誑かされたの?」
「いいや、むしろその逆かな。とりあえず詳しい話は、アウロラも交えて話そう。セシル、あれを」
グレインはセシルから例の映像記録水晶を受け取り、ナタリアを伴ってギルドに入っていく。
「あぁ……あああうあうあうアウロラ様に……会える……」
「トーラス様、落ち着いて下さいませ」
「兄様……しっかり。……今こそ……男を見せるとき」
挙動不審なトーラスには、少女が二人──本物少女リリーと外見少女セシルが付き添い、トーラスを宥めながらギルドに入っていく。
「いたた……」
「ラミア、大丈夫か?」
「治療しましょうか? ……これで」
打たれた頬を赤く腫らしたラミアのもとには、彼女の身を心配するダラスと、治療が必要かと矢を懐から出し、ギラギラする鏃をラミアの眼前に差し出しているハルナが居た。
「いえ、治療は……不要です。わたしは……それだけの事をしたのだから」
「そうですか……それならこれは仕舞っておきますね。……そう言えば、ラミアさんがグレインさまとトーラスさんに追い詰められていた時、ダラスさんは助けようと思わなかったんですか?」
ハルナが再び矢を懐に納めながら、素朴な疑問をダラスにぶつける。
「……助けたい気持ちが無かったと言えば嘘になる。ただ俺は、ラミアが今までやってきた事を知っているからな。あの場ではグレインとトーラスに対して何かを発言できる立場では無かったんだ。仮にあの時ラミアが殺されていたとしても、それは致し方のない事だと諦めていたと思う。……いくら好きな女のためだとはいえ、筋は通さないといけないからな」
「す、好きな……女……」
ラミアはそう呟き、俯く。顔を赤くしている。
ダラスも自分の発言内容を思い起こし、気が付いてしまったのか、後からどんどん顔を赤らめる。
「では、私達も行きましょうか」
ハルナ達がギルドに入ると、眼鏡の受付嬢、ミレーヌが出迎えてくれる。
「皆さまはギルドマスターの執務室へ向かわれましたよ」
ハルナはミレーヌの顔を見て、前回の報酬受け取りの際に装備品のレンタル料を払っていないことを思い出し、罪悪感で心臓がどきりとするのを感じた。
次いで、かつて自分に治癒剣術を教えてくれた師匠の言葉が、ちくちくとした痛みを与えてくる。
『自らの心に、一点の曇りもあってはならない。心に曇りが無いからこそ、その剣は相手を傷つける事なく、癒せるのだ』
「ハルナ殿、どうかされたか?」
ダラスが、ミレーヌを見て固まっているハルナに声を掛ける。
我に返ったハルナはおもむろに口を開く。
「あ、あの、ミレーヌさん。後で、折り入ってご相談があるのですが」
「……? はい、いつでもいいですよ。では後でお声掛けくださいね」
ハルナは小さくはい、と頷き、アウロラの執務室へ向かう。
執務室へ入ると、例の水晶の上映会が行われていた。
ちょうどラミアが泣き喚いているシーンだったが、音が廊下には漏れていないため、大方アウロラかトーラスが防音魔法を使っているのだろう。
一通りの上映が終わると、アウロラが呟く。
「闇魔術便利だねー。トーラス君、ウチにも教えてくれない?」
「はっ、はいぃ! よよよろこんでェェェ!」
「兄様……あがり過ぎ……全然ダメ」
「トーラス様、落ち着いて下さいませ。まずはアウロラさんをカボチャだと思い込むのです」
「セシル、僕の事を心配してくれてるのは分かるんだけど、この世界で一番美しい女神……あああうあうアウロラ様をカボチャと思える訳が無いじゃないか!」
「なにコイツ……。アーちゃんが……世界で一番? 頭は大丈夫かしら」
ナタリアがトーラスを見て引いている。
隣にいたグレインがナタリアに耳打ちする。
「そんな事言ってやるなよ。あれでもソルダム家の当主、ソルダム商会の会長だぞ?」
「……トーラスさぁん、アーちゃんばかり見てないで、あたしの事も見て下さらなぁい?」
ナタリアの見事な掌返しが炸裂するも、当のトーラス本人はアウロラの顔を穴のあくほど見つめていて完全に上の空である。
「間違いなくナタリアの頭が大丈夫じゃないだろ……」
溜息をつくグレインであった。
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「とりあえず、状況は分かったよー。じゃあ、ウチら冒険者ギルドも全面協力します! 一緒に闇ギルドを潰しましょーっ!」
アウロラが高らかに宣言する。
「それで、僕達からギルドへの依頼報酬なのですが……正直、あまりお金があわわわ……」
見ればアウロラがトーラスの手を握っている。
「お金なんて要らないよ。ずっと一緒に計画を練ってきた仲じゃない。ウチはキミのこと、ほとんど全部知ってるし」
トーラスは物言わぬ人形のように口をぱくぱくさせているだけだった。
「アーちゃん、抜け駆けするのぉっ!? せっかく見つけたイケメン玉の輿が……」
「こいつはこれから商会ごと潰すんだから、無一文になるぞ」
「ナーちゃんにはグレインがいるからいいじゃないのー。ウチはずっとトーラスと文通しかしてなかったからね。文通相手がこんなにカッコいい人だとは思わなかったぁー」
「「「えっ」」」
「なぁトーラス、お前アウロラとは初対面なのか?」
「……君は転移魔法でここに飛んできた時に、何も思わなかったのかい?」
グレインはアウロラとトーラスの繋いだ手の間に割り込んでトーラスに質問するが、トーラスは少しムッとした様子で逆に質問を返される。
「そうか……お前、ここに来たことがあるんだな」
グレインの答えにトーラスは、軽く頷いて続ける。
「僕にも駆け出し冒険者だった頃があってね。両親が……と言っても継母だけど、まだ健在だった頃さ。家でラミアにこき使われるのが嫌で、『冒険者になる』って家を飛び出して、毎日のようにここの訓練場で訓練していたものさ。あの牢のある小屋で寝泊まりしてね……。その頃に当時冒険者だったアウロラさんが、一度だけサランに立ち寄った時に見たことがあるんだ。それからずっと憧れの存在で……。まぁもっとも、僕は『ジョブ無し』と言われてすぐに冒険者辞めちゃったんだけどね」
一同、特にグレインはその言葉に強い衝撃を受けたのだった。




