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第039話 嫉妬

「イングレさん、スプラッタークイーンさん、ごめんなさい」


 風呂から上がったセシルは、バスローブ姿のまま、誰に言われるともなく絨毯敷きの床の上に自ら正座していた。


「ロングネーマー、顔が真っ赤だけど、風呂で上せてないか? 大丈夫か?」


 頭からバスタオルをかぶったグレインが心配そうにセシルの顔を覗き込む。


「いえっ、これは……その……は、恥ずかしいですわぁぁぁぁあん!」


 突然子供のように泣き始める二十歳児セシルであった。


「忘れてくださいまし、忘れてくださいまし! お願いいたします!」


「まず、俺達は何が起こってたのかが分からないんだよな……。ロングネーマーに呼びつけられて、風呂場に行ったらお湯掛けられて、だからさ」


「……おそらく原因は、宿に入る前に露店で買ったキノコですわ」


「あの『珍しい』とか『美味い』とか言ってたやつだな?」


「はい……エルフの里で珍重されるキノコ『珍妙ダケ』だと思ってつい食べてしまったのですが、実はよく似た『奇妙ダケ』という毒キノコもありまして、毒キノコの方は、一、二本程度であれば命に別状はないものの、認識異常、幻覚・幻聴作用、高揚感などの症状が出ると言われていますわ。そして……何本も大量に食べると、幻覚を見たままポックリと死に至るキノコです」


「露店で毒キノコ売ってるの相当まずいんじゃないか……?王都おそるべし」


「それが……、『珍妙ダケ』と『奇妙ダケ』の違いは、ヒダの数が偶数か奇数かという点しかないので、プロでも見間違うことが多いキノコなのですわ」


「待て待て、毒かどうか判定するのにヒダがいくつか数えるの!? 絶対数え間違いあるって! それ何のアテにもならないんじゃないか? そんな危険物、ますます露店なんかで売るなよ……。まぁ、命に関わる話じゃなくて良かったよ。それで、ロングネーマーは……」


「「どんな幻覚を見てたの?」」


「俺はちゃんと人間に見えてた? 風呂場に呼んだってことは女だと認識してた?」


「幻聴とかも聞こえたんですか? お腹痛くないです? 治療しましょうか?」


 ハルナも、ここぞとばかりに加勢してセシルを問い詰める。

 意地悪そうに口角をつり上げて質問攻めをする二人に、セシルは観念せざるを得なかった。


「何を言っても……怒らないで下さいますか……?」


 今にも泣き出しそうな顔で、オドオドしながらほんの少しだけ上目遣いで話すセシル。

 十代前半にも見える彼女の外見も相俟って、グレイン達は僅かばかりの罪悪感に苛まれるが、内面は分別のある二十歳である事を思い出し、心を鬼にして問い質すのであったが。


「はわわわ……セシルちゃん……じゃなくて、ロングネーマーが可愛いですぅ……」


 セシルに籠絡されたであろうハルナの、無意識に呟いた言葉をグレインは聞き逃さなかった。


「せ、説明しますわ。イングレは奴隷のような召使い、スプラッタークイーンはわたくしの言う事をなかなか聞かない我儘な妹だと思い込んでおりましたの……」


「おいハルナ……じゃない、スプラッタークイーン。これでもこいつの事を可愛いって言えるか?」


「私、そんなに我儘言ったことなんて無いんですけどぉ? ましてやセシルさんになんて……」


 軽くショックを受けた様子のハルナは、口を尖らせてセシルに抗議する。


「こ、これはキノコの作用ですわ……。思ってもない事を……」


「まぁいいからいいから、あまり細かい事は気にするなって。もう一回風呂に入り直して、さっぱりしたらどうだ?」


 グレインの言葉を聞いて、セシルはきょとんとしている。


「あ、あの……わわわわたくしは、こ、この失態でパーティを追い出されるのでしょう?」


 セシルは涙を零し、震えながらグレインに尋ねる。


「んん? セシル、何度も言ってるけど、君はこのパーティに必要なんだ。セシルがいて、ハルナがいるから『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』なんだ。そもそも、みんながたとえどんな失態をやらかしたって、誰一人としてパーティから追い出すつもりはないぞ。俺達のことは、もう家族だと思っていてくれていいぐらいだ」


 優しく笑うグレインと、その顔を見て微笑むハルナ。


「ほ、本当ですの!? あぁ……ありがとうございます!」


 再び涙を流すセシルを見て、グレインが半ば呆れながら付け加える。


「そもそも、ただ毒キノコに当たっただけなんだし。何なら、二人とも酒飲んでナタリアの家に押しかけた、あの時の方が酷いぐらいだぞ? たかがこれしきの事で追い出すパーティなんていないだろ」


「私、二つ前のパーティで、軽くお酒飲んだだけで追い出されましたよ……。まぁ、起きたら仲間が逃げたか失踪か、とにかく行方不明だったんで、酔っ払ってた時の記憶がないんですけどねっ」


 ハルナがてへへ……と舌を出している。


「軽く酒飲んだのに記憶ないって……まぁ、パーティ毎に色々基準はあるのかもね……」


 グレインは溜息を吐きながら、ハルナと共に、床に頭をぶつける程の勢いで平伏するセシルの両肩を抱き起こす。


「『私たちは家族』……そうですよ。そしてセシルさんは、グレインさまと一緒にお風呂に入ったほどの仲じゃありませんか」


「「一緒に入ってないっ!」」


「あ、正確には『一緒の浴室に入ったほどの仲』ですかね。報告する時は気をつけますっ!」


「「ん?」」


「ほう……こく……? い、一応聞くが、誰にだ?」


「そんなのもちろん、お姉ちゃんに決まってるじゃないですかっ!」


 爽やかな笑顔で答えるハルナ。


「やめろよぉぉぉ! そんな事したら、俺殺されるじゃないかよぉぉぉ!」


 今後起こるであろう惨劇を想像して、慌てふためくグレイン。


「ギルド怖いギルド怖いギルド怖いギルド怖い……」


 セシルは虚ろな瞳で謎の呪文を詠唱し始める。


「ふふふ……グレインさま、気付いてないようですね」


「気付いてないって、何がだ?」


「どうしてグレインさまは、私がお姉ちゃんにグレインさまとセシルさんとの仲を報告したら、お姉ちゃんが怒ると思ったんですか?」


「だってそりゃあ……あれ、……何でだ? 確かに、俺がセシルと何してたって、基本的にあいつには関係ない話だよな?」


「イングレとは何もしないですわ!」


 面妖な呪文を唱えていたセシルが、グレインの言葉に反応して突然熱り立つ。

 グレインとハルナはそんなセシルを宥めながら話を続ける。


「グレインさまも、お姉ちゃんがグレインさまのことを想ってるって事に、薄々気が付いてるんじゃないですか? グレインさまとセシルさんが親密になることでお姉ちゃんが怒る理由っていったら、嫉妬に決まってるじゃないですかっ!」


「えぇぇ……。そうなのか……」


 今度はグレインが顔を赤らめていて、ハルナはその様子を見て穏やかな笑顔を浮かべる。



「ふふふ……お二人とも、気付いてないようですわね」


 間近でグレインとハルナの様子を見ていたセシルは、流していた涙を拭い去り、いつも通りの笑顔で話し掛ける。


「気付いてない事が他にもあるってのか? ……全く分からん。ハルナは分かるか?」


「いいえ、全く……。グレインさまに関する事ですか?」


「皆さま、コードネームはどうしたのですか?」


「「あっ!!」」


 グレインとハルナの二人は、いつの間にかコードネームを忘れて名前で呼んでいたのだった。


「部屋の中までコードネーム……ホントに必要か?」


 面倒臭いな、と溜息をつくグレインであった。


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