第350話 教えなさいよ
「ナタリアが……死ぬ……?」
グレインの言葉に、ミュルサリーナは目を伏せたまま続ける。
「彼女は、今も寿命を少しずつ削りながら、本来あるべき力以上の能力を発揮しているのよ。……もう彼女を守る必要も、師匠の復讐も全て済んだのだから、そんな必要ないのにねぇ」
ミュルサリーナは力無く溜息を吐く。
「そうか……ナタリアの怪力は元からだと思っていたが、言われてみれば確かに……。ヘルディム城を吹き飛ばしたあの時から、さらに強くなったような気がするな」
だったら、とグレインはミュルサリーナの両肩に手を掛け、彼女の身体を前後に揺さぶる。
「ナタリアの封印を解除したのがミュルサリーナなんだから、同じようにもう一度ナタリアの力を封印してくれれば良いんじゃないか?」
しかし彼女は軽く微笑みながらその笑顔を左右に振る。
「それは無理ね。あれは師匠が封印を解除する鍵を用意していて、私はそれを起動しただけに過ぎないのよ」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ! このまま死ぬのを黙って見てろってのか!?」
グレインがミュルサリーナを揺さぶる動きがより一層激しくなる。
「そっ、そ、そうじゃなないわわわ。おおおお落ち着いて。落ち着きなさいって!」
「何をどうしたら落ち着いてられるんだよ!」
ミュルサリーナは、自らを睨みつけるグレインの目を真っ直ぐに覗き込んで、優しく語りかける。
「だから、さっきも言ったじゃない。『私はこの世界を壊したい』って」
「……どうやって……やるんだよ?」
「そう思って助っ人を連れてきているの。私の予想が正しければ、きっと彼は大いに役立つわ」
ミュルサリーナはそう言うと、懐から小さな木の枝を取り出し、それを折る。
「何だそれ」
「ただの合図よ。途中で拾ったただの小枝を半分に割って魔力を込めたの。片方が折れると、もう一方も折れるから合図に使えるのよぉ」
すると、不意に資料室のドアがノックされる。
「どうぞ、入って頂戴」
「ここのギルドマスターは俺なんだが、何でお前が仕切ってるんだよ……」
咎めるようなグレインの視線を意にも介さず、ミュルサリーナは笑顔を浮かべている。
「だって私が呼んだのよぉ?」
二人がそんなやり取りをしている間に、資料室のドアが開き、見覚えのある少年がひょっこりと顔を出す。
「エリオ! エリオじゃないか! 元気だったか?」
「あぁ、もちろん元気だったぜ! 魔界で魔王様の近衛騎士見習いをしてたんだけどよ、ある日突然そこのおば……麗しきお姉さまに声を掛けられてよ。はるばるここまで連れてこられたんだ」
「なるほどな……。お前もこの女に面倒を押し付けられた口か。そんなところに突っ立ってないで、入ってこいよ」
「あ、あぁ……」
手招きするグレインに、大きく頷くエリオ。
そんな二人にジト目を向けるミュルサリーナ。
「あ~あ。二人してそんな酷いこと言うならもういいわぁ。ナタリアさんの身体が崩れて絶命していく様をゆっくりと眺めるがいいわ」
「あ……。そうだった。なぁエリオ、お前ナタリアが死ぬって話聞いたか?」
「えぇ!? それ本当かよ!? 俺はただ、その目で見抜いてほしい人がいるからって呼ばれただけだぜ? あ……っていうかそれ今言っちゃ……」
相変わらずドアの前に立ったまま、背後を気にするようにそわそわするエリオ。
しかしエリオの言葉に首を傾げるグレインはその様子に気付かない。
「見抜く? 誰をだ?」
「そ、それは知らねぇ。あとで案内するって言われて、……麗しのお姉さまについてきただけだからよ」
「ミュルサリーナ、一体どういう話になってるんだ?」
「つーん。二人してナタリアさんの死にゆく様を見てるといいわー」
ミュルサリーナは二人の話に興味がなさそうに自分の爪を覗き込んでいる。
「なぁ、さっきは済まなかった。教えてくれよ。麗しのお──姉さま」
「なんでそこで間を置いたのよぉ。もう絶対教えてやらないわぁ」
「「そこを何とか!」」
「教えなさいよ」
エリオとグレインが声を合わせたところで、エリオの背後から目にも止まらぬ速さで人影が飛び出し、ミュルサリーナの背後に回り込む。
そしてミュルサリーナの首筋にしなやかな腕を這わせながら、彼女の耳元で囁く。
「ねぇミュルサリーナ。あたしが死ぬって本当? そして死なない方法があるんでしょう? ──早く吐けや」
その人影はナタリアであった。
彼女はミュルサリーナの首に掛けた腕に力を込め始める。
「うぐっ……い、いつの間に……」
「エリオを見掛けたからついていっただけよ。ほら、教えなさいったらァ!」
ミュルサリーナの両足が地面から浮き、次第に彼女の顔色が悪くなる。
「エリオ、ナタリアを止めるぞ!!」
「どうせ魔女なら死なないわよ。逆に死んだら偽物ってことだわ」
「言う……言うわ……だか……ら、たすけ……」
グレインとエリオは、白目を剥いて失神したミュルサリーナを必死にナタリアから引き剥がしたのであった。
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「ふざけるんじゃないの! いくら魔女だって苦しいときは苦しいし、死ぬときは死ぬのよ!! 危うく死に掛けたじゃない!」
目覚めたミュルサリーナは、珍しく顔を真っ赤にして怒っていた。
「何よ、死ななかったんだからよかったじゃないのよ」
「うるさいわこの馬鹿力小娘が!」
「ねぇグレイン。この魔女、まだ死に足りないみたいよ。エリオも手伝いなさい」
「「二人ともいい加減にしろって!」」
グレインとエリオが叫びながら二人の間に割って入る。
「ミュルサリーナ、もういいだろ!? 結局何を企んでいるのか教えてくれよ」
グレインの問いかけに、ミュルサリーナは一瞬戸惑ったような表情を浮かべ、それから気怠げに口を開いた。
「はぁ……。これじゃナタリアさんを避けようとした意味がないわぁ。……師匠を見つけて、この世界に掛けられたジョブの呪いを解いてもらうのよぉ。ただ、これだけの強大な呪いは本人でも解けない可能性があるから、その時は師匠を……殺すしかないわぁ」




