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第348話 平和

「ねぇ……」


 ヒーラーギルドで職員用のテーブルに頬杖を付き、微睡むグレイン。

 幸いにもヒーラーギルドに訪れる人はそれなりにいるようで、一つだけあるカウンターでマルベリがせっせと受付業務をこなしていた。


「ねぇグレイン、寝てるの?」


 グレインの丸まった背中に向けて声が掛かるが、それを無視するように、彼は大きく息を吸い込んで寝息を立てる。


「ねぇったら……オラァッ!」


 そんな怒声とともに、ナタリアはグレインの腰掛ける椅子を真横に蹴り飛ばす。

 突如として重心の拠り所を失ったグレインは、そのまま盛大に尻餅をつく。


「いってぇ! お前いきなり何すんだよ!」


「人がせっかく呼び掛けてるのにあんたが狸寝入りしてたから、元気よく起こしてあげようとしただけじゃない。その証拠にあんたはいま元気よく大声を出してるわよ?」


「いきなりの暴力で尻が痛くて怒ってるんだよ!」


「ふーん……。尻だけで済んで良かったじゃない」


 ナタリアは腕組みをして、ギルドの床板に座り込むグレインを見下ろす。


「何だよ……何か用事があるのか?」


「あたしたちが帝国から帰ってきて、もうすぐ半年になるじゃない。帝国の様子とか、ダイアンがちゃんと皇帝やれてるかとか、サブリナは魔界で元気にしてるのかとか、気にならないわけ?」


「帝国関係は全部話が済んだだろ。ティグリスの依頼も完了したし、依頼の報酬でギルドの借金も全額返済できたし。その事務処理がついこないだ終わったばかりじゃないか。俺はそれで疲れてヘトヘトなんだ。世界のことまで気に掛ける余裕なんてないだろ? それに、一応ここだって世界的に認められたギルドなんだ。何かあったら全世界の国家と同時にギルドにも知らせが来る筈だろ? 何も連絡がないって事は、世界は平和に回ってるんだよ」


 そう言って肩を竦めるグレインを見たナタリアは大きな溜め息を吐く。


「はぁ……。そういう知らせが来たとしたら、その時点で相当ヤバい緊急事態ってことなのよ」


「俺だってただ居眠りしてるだけじゃないぞ? 依頼内容で世の中の動向を察知してるんだ」


「依頼内容……ねぇ……」


 ナタリアはそう言って、ギルドの壁に設置された掲示板に目を向ける。

 そこにはギルドに所属しているヒーラー向けの依頼が貼り出されており、たまに掲示板の前で相談するヒーラー達の姿が散見される。

 しかし、今貼り出されている依頼内容は、彼女の思い描くものとは到底掛け離れた内容であったのだ。


『庭にある蜂の巣を除去して欲しい』

『子供の遊び相手になって欲しい』

『物置の掃除を手伝って欲しい』

『書棚を組み立てたいので手伝って』


「ギルド開設以来、ずーっと代わり映えのしない雑用仕事ばっかり……。これをどう見れば世界の動向が分かるってのよ!」


「な? 世の中平和ってことだろ?」


「まったく……ヒーラーは何でも屋じゃないんだから……。なんでも依頼すりゃいいってもんじゃないのよ!」


「でも、『殺し』の仕事は受けちゃいけないんですよね……?」


 ナタリアの背後から発せられた声に、彼女は慌てて飛び上がる。


「ヒィッ! り、リリー! 背後に忍び寄るなってあれほど言ったじゃない!」


「いえ、普通に歩いてきましたけど……」


「リリー、今日はどうしたんだ?」


「依頼が終わったのでその報告に」


「報告ならカウンターの裏に入ってこないでよ……。マルベリ、報告ですって」


「裏口から入ってきたので……。マルベリさん、指名依頼の雑草むしりですが、やはりそれは表向きで、実際は『殺し』の依頼でした」


「またですか!? わざわざ高額の指名料を払ってまでリリーさんを指定して来るなんておかしいと思ったんですよねぇ……。それで、どうしました? まさか依頼主を殺して……」


「いえ、頼まれた雑草だけ刈り取ったあと、丁重に『お断り』してきました」


「なるほど、丁重に生命を刈り取ってきたのか」


「くれぐれもうちのギルドの仕業だと足がつかないようにしてよね」


 口々にそんな事を言うグレインとナタリアにジト目を向けるリリー。


「……ごく普通に丁重にお断りしてきました。首筋にナイフは突きつけましたが、依頼主の方も五体満足でちゃんと生きてます。……お二人とも、私の事をなんだと思ってるんですか」


 そう言ってナイフの柄に手を掛けるリリーの頭をそっと撫でるマルベリ。


「首筋にナイフは……普通やらないかな……。はい、とりあえずお疲れ様でした。あとはこちらで処理しておきますので、ここにサインだけお願いしますね」


 マルベリの笑顔に微笑み返し、ナイフから手を離してサインするリリー。


「やっぱりあの娘、ギルドで採用して正解だったわね。リリーもすっかり懐いてるし」


「そもそも勤めてた宿屋をクビになったのが俺達のせいじゃなかったか?」


「そうだったかしら? そんな昔のことなんて忘れたわよ。でもあの宿屋の主人の様子じゃ、きっと遅かれ早かれクビになってたわ」


「しっかり覚えてるじゃないか」


「細かいことは良いのよ! マルベリがこのギルドにいるのは運命だったのよ。そしてもう一人……ん〜、いい匂い」


 ギルドの奥に併設された厨房。

 そこから漂う海の幸の香りが、ギルドの中にいる者達の食欲を刺激する。


「はい、ヴァイーダ仕込みの海鮮突き刺し焼きがそろそろ出来上がりますよ〜!」


 厨房からそう叫ぶのは、右手から魔力で生み出された炎を噴き出すカロリーヌであった。

 彼女の声を聞いた人々は、続々とギルドのテーブルに押し寄せる。


「はい、海鮮焼きと葡萄酒四人前ですねっ」

「こっちは焼きガニ盛り合わせ二皿ですわ」


 テーブルを回り次々と注文を取っていくハルナとセシル。


「ギルドが儲かるのは良いんだけれど……ここは便利屋でもレストランでもないのよねぇ」


「世の中が平和に回ってるってことなんだよ」


 ナタリアの肩を慰めるように叩くグレインなのであった。



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