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第346話 エルフの尊厳

「師匠……師匠は何故ナタリアさんにあんな強大な力を授けたんだったかしらねぇ。……もう昔の話過ぎて忘れちゃったわぁ」


 ナタリアの手で身体を粉々に砕かれる前に部屋を脱出したミュルサリーナは、行くあてもなく王宮の中庭にやってくると、置いてあるベンチに腰掛ける。

 当然、ナタリアに告げた『皇帝に呼ばれている』というのも真っ赤な嘘だ。


「あ〜あぁ。師匠はほんと何を考えているのかしらぁ」


「魔女殿の師匠とは、どのような方だったのであろうか」


 背後から掛けられた声に驚き立ち上がるミュルサリーナ。


「こっ……皇帝陛下ではありませんか」


「そなたも知っておろう。余はもう皇帝の座を退いたのだ。今は幼少より魔女殿が知っておる、老いさらばえた、ただのベルだ」


「……それはそう、ですが……」


「婿殿……ダイアン新皇帝への引き継ぎもだいたい終わったのでな。そろそろアドラード大森林へ──エルフに集落に向かうところだ」


「……引き継ぎが早くないですか?」


「なに、アドラード大森林への街道と、魔法通信の整備を手配した。婿殿が困ったときはいつでも相談に乗るつもりだ。もっとも、配下に有能な者が多数いるので、その機会も訪れぬやも知れんがな」


「そうですね。陛……ベルが大丈夫だと思っているのであれば問題ないでしょう。それよりも今後の事ですが、本当にエルフの里に──」


 ミュルサリーナがそこまで言いかけると、ベルクートは大きく頷いた。


「その事なのだが、魔女殿が一人で丁度良かった。まずは本人の意思を確認してからと思ってな」


「……何の意思ですか?」


「魔女殿が了承してくれたらグレイン殿にも正式に頼むつもりだが」


「ですから、何の話なのですか?」


「何というか……非常に厚かましくも図々しいことは百も承知しているのだが……」


「……ベル、言いたいことがあるならハッキリと言いなさい!」


 煮えきらない態度のベルクートに対し、相手が子供であるかのように叱るミュルサリーナ。


「……済まぬ……。魔女殿、エルフの集落まで同行してくれないだろうか」


「……あぁ、そういうことですか。帝国とエルフ族のどちらにも属さない者に橋渡しをして欲しいと? でもそれなら、グレインさん達ヒーラーギルドの方が明確な第三者になるので適任だと思いますよ」


「魔女殿は襲撃の際、バルガ達の手からエルフの民を庇ってくれたと聞いた」


「……そういうことでしたら、お断りします」


 ミュルサリーナは立ち居振る舞いこそ平静を保っているが、その声は明らかに苛立っている。


「エルフ族を助けたから何だというのです? 貴方が勝手に里に押し掛けて、私を使って恩着せがましく『謝罪させろ』と迫る心積もりですか?」


「違う、違うのだ魔女殿!」


「何も違わないでしょう! もういいです。貴方の話を聴く気はありません。さっさとエルフの里へ行って彼らに殺さ──」


「いけませんわ。ミュルサリーナ」


 それは大きい声ではなかった。

 しかし、その声はミュルサリーナの言葉を遮る。

 二人が声の主へと振り返ると、右手に紅茶の入ったティーカップ、左手にクッキーを持っているセシルが立っていた。


「ミュルサリーナ、その先は言ってはなりませんわ。ズズ……。わたくし達エルフ族は、エルフの尊厳にかけて、復讐などという愚かな行為は決して……モグ……行いませんわ」


「……そう……ね。……エルフ族に礼を欠いた言葉だったわね。撤回するわ。でもねセシルちゃん。……言ってることはすごく正しいのだけど、お茶飲んでお菓子食べながら言うのはどうかと思うわぁ」


「今日はあまりにも天気が良かったので、どこか外でゆっくり出来るところがないか探していましたの。ではわたくしは喋らないでお茶とお菓子をいただくことにしますわ」


 そう言って一心不乱にクッキーを頬張るセシル。


「そのお茶とお菓子、さっきの部屋から持ち出したものよね。それを持って宮廷をウロウロしてたの……? そんなお行儀が悪い……。それでいてエルフの尊厳を語るとか、説得力が……。ふふふっ」


 セシルを見て微笑みを浮かべるミュルサリーナに、ベルクートは早口で捲し立てる。


「魔女殿、実はそなたに同行して欲しいというのはエルフ族の要望なのだ。余は事前に『移住させて欲しい、復興の手伝いをさせて欲しい』と伝令を飛ばしたのだが、魔女殿を連れてくるという条件付きで許可が下りたのだ」


「……え? 私を連れていきたいというのはベル、貴方の企みじゃないの?」


「うむ。エルフ族の要望なのだ」


「そう。何の用があるかは分からないけど、そういうことなら承知したわ。一緒に行きましょう。グレインさんには私から伝えておくわ」


「魔女殿……感謝する」


 ベルクートは深々と頭を下げ、慌ただしく中庭を飛び出して行くのであった。



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