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第345話 ついさっきまで死んでたんだよ

「そういえばおっさん、この国にはヒーラーはいないのか?」


 グレインが何気なく放った質問に、ベルクートは暗い表情を浮かべる。


「昔は帝国にもヒーラーはいたのだ。しかし、皇帝の座をめぐり有力貴族達が勢力争いをしていくうちに、次第に癒し手よりも武力を求めるようになっていった。守ってばかりでは勝てない、先手必勝こそ勝利への近道だ、と。治癒はあくまで生者に行うもの。先制攻撃でその命を奪ってしまえば無力なのだ。そうしてヒーラーは職を失い、貧困に苦しむようになっていった。そうなるともう帝国内に居場所など……」


「ヒーラー達は国外に脱出したってことか?」


 頷くベルクート。


「南のヘルディム王国や西のサボラ王国、あるいは東のローム公国へ。しかし、ヒーラー達の大部分は北のバシリト王国へと脱出したのだ。バシリト王国が国を挙げてヒーラーの難民を歓迎するとの声明を発表してな」


「じゃあ北にはヒーラーがいっぱいいるってことか?」


「恐らくは、な。脱出していった者達の動向は一切解らぬが……」


 ベルクートとグレインがそんな話をしているうちに、リリーの術が終わる。


「ゴボッ、ゲホッ! ゲホ……ケホ……。あ、あれ? 僕……」


 喉に溜まっていた血を吐き出し、一頻り咳き込んだあと、ダイアンはゆっくりと上体を起こしながら周囲を見回す。


「ダーくん! 良かった! 生き返ったんだね!!」


 ダイアンに飛びつき、そのまま抱きつくアンネクロース。

 彼女は涙でぐしゃぐしゃになっていた顔をダイアンの胸に埋める。


「ダーくん、ついさっきまで死んでたんだよ」


「あ……僕、死んで……。そうか、リリーさんに」


 この二人の様子を見ていた騎士達は再び騒ぎ出す。


「蘇生したぞ……」

「ほんとに死んでたんだよな?」

「当たり前だろ、あんなに首スッパリ斬られてたんだぞ?」


 ベルクートはそんな落ち着かない様子の騎士達に睨みを利かせる。


「はっ、この事は絶対に他言しません! ……ただし、一つだけよろしいでしょうか?」


 ベルクートの視線に気付いた一人の騎士がそう声を上げる。


「『皇帝殺し』リリー様の称号を『ダブル皇帝殺し』に変更させていただきたく存じます!」


「……ぇ?」


「先代皇帝ベルクート様だけではなく、現皇帝ダイアン陛下までも手に掛ける、その圧倒的武力!」


「……あの、私は戦士でも暗殺者でもないし……本職はヒー」


「「「ウォォォー! 『ダブル皇帝殺し!』『ダブル皇帝殺し!』」」」


 騎士達は皆抜剣し、刀身を天に向け、高らかに歓声を上げる。

 その歓声に応えるかのようにリリーは──顔どころか身体中を真っ赤にしていた。


「や、やめてぇぇぇぇ! ダブルとかそんな……恥ずかしいぃぃぃ!」


 こうして『ダブル皇帝殺し』リリーの二つ名が誕生したのであった。


********************


「あーあ、一体なんなのよこの国のテンションは。もうあたしついていけないわよ」


 休息用に、とグレイン一行にあてがわれた宮廷の一室で、ふかふかのソファに深く腰掛けたナタリアがため息交じりにそう言った。


「まぁまぁ、この国は昔からそうなのよぉ。武力が全て。強ければ偉い。それはもうずーっと昔からねぇ。……あら、この紅茶美味しいわぁ」


 ナタリアの向かいに座り、紅茶を啜るミュルサリーナ。


「この暑苦しい空気感を何千年も何万年も代々受け継いできたって事? ……信じられないわね。あたしもうこの国は耐えられないわ。後でトーラスに帰りの転移してもらう事にするわ」


「何万年……私はそんなに長生きしてないわよぉ?」


「人間族の寿命超えてたら何千年も何万年もみんな同じよ」


「……この紅茶すっごく美味しいからナタリアさんにも淹れてあげるわぁ。…………何故かナタリアさんに呪いは効かないけど、毒物ならどうかしらね……」


「あたしの紅茶に何か入れたらただじゃおかないわよ」


「……あらぁ? 紅茶に茶葉は入れるものじゃなぁい? 心配しなくても葉っぱしか入れないわよぉ」


「……毒草の葉っぱとか言うんじゃないでしょうね? まぁいいわ。変な事したら覚えておきなさいよ」


「いたって普通の紅茶よぉ」


 ミュサリーナが笑顔で紅茶の入ったティーカップをナタリアの前に置く。


「こ、このお茶菓子、信じられないくらい甘くて美味ですわっ! こっちは……なんと甘酸っぱくて……ここは極楽ですの!?」


 お茶菓子を次々と漁っていたセシルが、そのティーカップに目をつける。


「んー……淹れたての紅茶……いい香りですわ! ちょっと失礼……ングゥゥゥゥゥ! 渋ゥゥゥ!」


 セシルはナタリアの前に置かれた紅茶を横から掠め取るように手に取り、一口飲むと途端に悶絶する。


「……あー、そういうことねこのクソ魔女が。セシル、毒味役ご苦労さま。普段なら行儀が悪いって説教するところだけど、今回は助かったから不問にしてあげる。……さて、どう潰されたいかしら?」


「あ、茶葉を沢山入れたら美味しいのかな〜、って思って十倍くらいにしてみただけよぉ。……ちょ、ちょっと悪戯しただけじゃなぁい」


「両手の骨をバキバキにしてほしい? 足がいいかしら? それとも首? なんかあたし最近ストレスが溜まってるからか、ちょっと全力出すと周囲が壊滅するのよねぇ」


「そ、それって師匠の力が覚醒したんじゃ……。あ、あらぁ、そういえば皇帝陛下に呼ばれていたのを思い出したわぁ。で、では私はこれで……」


 そう言って全力疾走で部屋を飛び出していくミュルサリーナなのであった。



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