第338話 いい夢を
「も、ぼ、あがぁぁぁっ!」
リザベルの剣によってバルガの腹が割かれる。
バルガの身体は玉座の間に打ち棄てられ、辺りは血の匂いで満たされていた。
「な、なんなのよこれ……うげ……気持ち悪いったらないわッ」
「アン、大丈夫だよ。僕が付いてるからね」
血飛沫の源を遠巻きに見ながら寄り添う二つの甲冑──アンネクロースとダイアンであった。
「しかし、よく死なないもんだな」
グレインがそう呆れるほど、バルガの身体に生まれた傷口はあっという間に塞がってしまう。
「それほどまでにこの男は、自らの行いが正しいと信じ切っているのであろうよ」
ベルクートはそう言って、バルガの首を刎ねる。
しかし次の瞬間、床の上を勢いよく転がっていた首が、まるで糸を手繰り寄せるかのように胴体の方へとその運動の向きを変え、元の身体と接合する。
「おい貴様、何をする! 邪魔するな!」
そう言ってベルクートに掴みかかるリザベル。
「これは私の復讐だ! ……ソフィアを……魔物どもに取り入って我等を裏切りソフィアまで殺したバルガを、あの男を私は決して許さん!」
「あぁ、彼女はそう思っているから、適当に話を合わせておいてねぇ」
ミュルサリーナが笑顔でそう告げる。
「バルガ! 答えよ! 何故我々を裏切った! 魔物共に魂を売りおって!!」
「う、裏切ってなど……いない……。いいから、早く、ここからにげ──『早く死んでしまえ』」
傍らでミュルサリーナが至福の表情を浮かべながら、バルガと同期した口を動かす。
「バルガ、貴様ァァァァァ!!」
激昂したリザベルはベルクートから手を離す。
次の瞬間には、彼女の斬撃が玉座の間に敷き詰められたタイルとともにバルガの身体を両断していた。
しかし何度切り刻んでも、やはりバルガの身体は元通りになるのであった。
「り、リザベル、騙されるでない。お前が今感じているものは、すべて幻覚だ。もしかしたら……その思念すらも操られておるやもしれぬ。だから、一刻も早く、『死ね』──違う! 『死ね』違う違う違う!! ここから、ここから去れ! 逃げろぉぉぉ!!」
「あららぁ? 私の操作に抗ったの? 決死の覚悟で仲間を助けるために放った言葉……良いわ良いわぁ。ゾクゾクしちゃう。その言葉、彼女に届くといいわねぇ」
身体が真二つになったバルガの顔を、心底愉しそうに覗き込むミュルサリーナ。
「うーん……いい頃合いかしらね。『精神抵抗破壊』」
ミュルサリーナの目が妖しく光ると、バルガはその場で静かに立ち上がる。
「さあ、お前の身体を切り刻んでいたあの女を痛めつけよ! ただし、決して殺すな」
そのミュルサリーナの命令と同時に、バルガはその両手に魔力を集める。
「さて、次に反省するのは貴女の方よねぇ。いくら命令とはいえ、悪い事をしたら反省しなくちゃいけないわぁ」
「貴様……何者だ? さては貴様がバルガを操ったのだな!?」
ミュルサリーナの所業に気付いたリザベルは、彼女に斬撃を放とうとする。
しかし、それは遅すぎたのであった。
バルガの両手から放たれた魔力の鎖が、リザベルの両手足に絡みつく。
「貴女もちょっと鈍いのねぇ。もっと早くこの男の言葉を聞いて、ここから逃げ出していれば助かったかも知れないわぁ」
ミュルサリーナはそう言って嗤いながら、這い出すように甲冑を脱ぎ捨て、扉の傍に倒れている女戦士へと軽快に歩き出す。
「さぁて、あの二人が繋がったところで、貴女だけ仲間外れなのぉ? いつまでその『死んだふり』を続けるつもりなのかしらぁ?」
ミュルサリーナは足下に倒れているソフィアの身体にそう声を掛ける。
「あれ〜? ばれちゃった? 死体のフリしてここから出ようと思ったんだけど」
「魔女を謀ろうなんて千年早いのよぉ。あなた達の意識は私が操作してるの。だから、あなた達が生きてるか死んでいるか、何を考えているかは手に取るように分かっちゃうのよねぇ」
「魔女……だって?」
ソフィアの顔色が変わる。
「あーあ、私と一緒に自爆しようなんて無理よぉ? もう作戦は全部分かってるの。……まぁ、それは最後の最後にお願いするわねぇ」
ミュルサリーナは魔力で鎖を生み出し、ソフィアの身体をバルガ達と繋ぐ。
「ほら、立ち上がってあの二人の方に歩いていきなさい」
するとソフィアは素直に立ち上がり、二人に歩み寄る。
ソフィアが近寄ると、魔力の鎖はその分だけ短くなり、とうとう三人の身体が至近距離で密着する。
「さぁ、三人を共感覚で繋いだわぁ。……いい夢を見て……心の底から苦しみなさい」




