第334話 ググレイン
「……は? この女を皇帝に?」
「また『この女』呼ばわりしたッ! 斬首斬首ッ!」
「すぐ首切ろうとするのやめろって……やめてください、王女アンネクロース様」
不服そうな表情を浮かべつつ、アンネクロースに対して頭を下げるグレイン。
「アン、あくまでググレインは協力者であるぞ。お前の下僕でも手下でも召使いでもない。そして、皇帝になるかどうかはお前の心持ち一つだ。この国が嫌になったら、いつでも捨てて構わん。婿殿と好きなところへ行って、好きなように暮らすといい。お前が幸せであれば、それでいい」
そう言って優しく微笑むベルクートに、アンネクロースは目に涙を浮かべて反論する。
「父上が帝国を継いで、今この国は民の笑顔で溢れています。あたし……いえ私は、この笑顔を守りたいのです!」
「まぁ乗っ取る何者かがやり手で、国民の笑顔は守られるかも知れないけどな」
「そ、そんなことないッ! やっぱり貴様は斬首だわッ!」
何気なく発したグレインの言葉に、アンネクロースは顔を真っ赤にして噛み付く。
今にもグレインに飛び掛かりそうなアンネクロースの両肩を、ダイアンが抑えている。
「まぁ、ググレインの言葉にも一理あるが……。バシリト王国では国民に重税を課し、王族は裕福な生活をする一方、民は苦しい生活を強いられていると聞く。同じ事が帝国にも起これば、民の笑顔は失われるであろうな」
「やはり私が、立派にこの国を継いでみせますわッ!」
アンネクロースがそう宣言したところで、ミュルサリーナの表情が変わる。
「そろそろ来るみたいよぉ。なんか嫌な魔力を感じるわぁ」
「よし、では準備だ。お前達」
ベルクートは近衛騎士に声を掛けると、騎士達は走って玉座の間から出て行く。
「先ほど言い掛けた事であったが、ググレイン。そなた達はバルガと面識があったな? それに、婿殿もバルガ達に殺されている筈だ」
「あぁ、そういえばさっきそんな事言ってたな」
「万が一のため、そなた達には全員顔を隠してもらう」
近衛騎士が大量の甲冑を担いで玉座の間に入ってくる。
「皆様、こちらをお召しになってください」
「……顔だけじゃ?」
「安全性確保のため、鎧も着てもらう。窮屈だとは思うが暫しの間辛抱してくれ」
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「陛下、お久しゅうございます」
玉座の間に入ってきたバルガが、ベルクートに恭しく跪く。
「久しいというほどでもあるまい。して、例の方はお連れしたか?」
「はっ、リーブキン参謀長の仰せの通りに、バシリト王国の使者と魔界より、魔国ヴァイーダの使者……の予定だったのですが……」
バルガが気まずそうに口籠る。
「どうした? まさか来ていないのか?」
自分が操られていた間に決まっていたことのようなので事の仔細を知らないベルクートであったが、まるで全て把握しているかのような堂々とした口ぶりであった。
「(このおっさん、すげえな)」
思わずグレインもそう漏らすほどであった。
「(父上をおっさんなんて呼ぶな無礼者ッ! 斬首ッ! 今すぐ斬首だわッ!)」
その呟きが聴こえたのか、グレインの隣でやはり全身甲冑に覆われたアンネクロースが小声で喚く。
「いえ、そういう訳では無いのですが……陛下、その後ろの方々は?」
どうやらバルガが気にしているのは玉座の後ろに立ち並んだ甲冑達のようであった。
「あぁ、気にするでない。この者達には事情はすべて話してある。こたびは何があるか余にも想像がつかなかった故、信頼できる者達を護衛として置いているだけだ。のう、ググレイン?」
「(話が違うぞ! あのおっさん、間違えて名前まで呼びやがった!)」
甲冑の中で慌てるグレインとは対象的に、ベルクートは堂々とした態度のままであった。
「はっ! 我ら、これから見聞する内容について一切口外いたしません」
「ググレイン……どこかで聞いたような名ですな……」
「大丈夫だ。この者たちは皆天涯孤独、家族も血縁者も友人でさえおらぬ。話しようがあるまい。それに──『契約』を結んだ」
「けっ、契約ですと!? し、しかしあれは魔族しか……」
ベルクートの言葉に驚愕するバルガ。
「先日、この国を建国当時から見守ってくださっている魔女殿が来訪されてな。やはり魔女殿。魔族しか使えぬはずの契約にも精通しておられたのだ。その際に、口外したら身体が派手に弾け飛ぶ呪……契約を結んだ」
「なるほど……。その方、ググレインと申したか。どこの部隊に所属している兵だ?」
「え、えーっと……南西の方の……」
言い澱むグレインの言葉をベルクートの重い声が断ち切る。
「この者たちは我が国の兵士ではないのだ。『ギルド』の構成員である。信頼できるか、という話については契約を結んでおるのだ。これ以上のことはあるまい」
「ギルド……ググレイン……はて……?」
「なんだ? 貴様は余の判断に何か文句があるのか?」
「い、いえっ! 文句などと……とんでもないことでございます! 承知いたしました。」
「それで魔国の使者がどうしたというのだ。早く本題を話さぬか」
「はっ! 魔国ヴァイーダからは使者が来る予定でしたが、国王自らがおいで下さりました。魔国の王……魔王様になります」
「「「「はっ!?」」」」




