第033話 そういう関係
「グレインさま、とりあえずトーラスさんの意識も戻ったことですし、これ以上ここにいてもトーラスさん達の迷惑になるだけですから、一刻も早く王都に向かいましょう」
ハルナの目線の先では、ポップをひたすら撫でるリリーを見て、トーラスが恍惚の表情を浮かべている。
「そうだな。なぁトーラス……さん」
「……トーラスでいいよ。歳の過小は気にしない方だから。それに僕と君……同じくらいじゃない?」
涙を拭いながら答えるトーラス。
「わかった。トーラス、君達は王都の住民なのか? もしそうなら、おすすめの宿屋と食堂があれば教えてくれないだろうか」
トーラスは少し考えた後、笑顔で告げる。
「僕の家においでよ。客間がいくつか余っているし、食事もいつも二人きりだから、たまにはゲストを招きたいんだ」
「っ! 兄様……今日はあいつが来る日……」
リリーが何かに気付いたようにトーラスに告げるが、トーラスは笑顔のまま答える。
「大丈夫、今週は遠出してるから帰ってこないはずだよ。……あぁ、こっちの話だ。気にしないでくれ」
「なぁ、行きずりの、しかも素性の知れない冒険者パーティを家に招くってのはどうなんだ? 寝込みを襲う強盗かも知れないぞ? それに……そちらの都合もあんまり良くなさそうな感じだし」
思い掛けずトーラスに誘われたグレインは、困惑しながらどう答えたらいいものか、と考え倦ねていた。
「大丈夫だよ。君達は悪人には見えないし。それに、もし強盗とか野盗の類だったとしても、三人ぐらいなら僕一人で取り押さえられるから。なんならリリーにだって出来そうだよ? 彼女はこう見えても、ソロのCランク冒険者なんだ」
「「「えぇぇぇぇっ!」」」
一様に口を大きく開けて驚く三人。
『災難治癒師』はパーティ全員がDランクになったばかりなのに、満面の笑みでポップを撫でている天使の方が、冒険者ランクが上だと言うのである。
「しかもソロなのか……」
「す、すごいです……」
パーティを組んでいれば、盾役が敵の攻撃をいなし、魔法使いが攻撃魔法を撃ち込み、戦士がその武器を振るい、傷付けば回復役に癒してもらうことができるのだが、ソロということは、全てを自分一人でこなさなければならないのである。
冒険者である三人にとっては、それがどれだけ困難かというのは容易に想像できることであった。
「リリーさんのジョブは何ですの?」
セシルがなんとなく問い掛けると、リリーは俯き、小さく呟く。
「……ないしょ……」
そんなリリーの様子を見ていたトーラスの表情が少し曇ったように見えたグレインは、セシルを窘める。
「セシル、人には言いたくないこともあるもんさ。それに……冒険者は互いの素性とか情報を探っちゃいけないんだぞ」
あっ、とセシルは小さく声を上げて、リリーに謝る。
「リリーちゃん、ごめんね」
「……ううん……気にしないで……」
二人の様子を見たグレインとトーラスは、安堵の表情を浮かべる。
「ちなみに妹はまだ成人してないから、ジョブは判明してないんだけどね。まぁ目星は付いてるんだ」
「あぁ、確かにリリーはセシルと同い年ぐらいに見えるもんな。見ての通りセシルはエルフ族だから、あれでも二十歳過ぎなんだけどさ」
「グレインさん、その言い方には何か悪意がこもっているように聞こえますわ」
いつの間にかセシルの右手の上にヒールの光球が漂っている。
「いいいいやいや、たたた他意はないぞ? ……それで、トーラス達が強いのは分かったんだが、本当にいいのか? 俺達はあまり持ち合わせもないから、ろくな謝礼も出来なさそうなんだが」
グレインはトーラスの方に向き直り、無理矢理話を再開させる。
「あぁ、そういうものは求めていないから大丈夫だよ。単に家に客人を招きたいだけさ。普段は静かな家だから、騒がしくなって活気を感じさせてくれれば、それが一番の謝礼になるかな」
「ハルナ、セシル、どうする?」
「そこまで仰ってくれているのですから、私はお言葉に甘えるべきかと思いますっ。……お料理が楽しみですね」
「リリーさんがポップから離れてくれないので、致し方ないかと思いますわ。……あぁ、わたくしのポップが」
「ハルナ、みっともないからあんまりがっつくなよ? それにセシル、ポップはいつからセシルのものになったんだ?」
「グレイン、お仲間も賛成のようだし、決まりだね!」
爽やかにウインクするトーラスに、グレインは諦めたように右手で頭を掻きながら答える。
「では、お招きにあずかります」
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「セシルちゃん……ポップ……半分こしない?」
「だっ、ダメですわ! ポップはわたくしの可愛いパートナーなのです! 今ではグレインさんとかハルナさんよりも信頼のおける仲間なのですわ!」
「首から上が……私。胴体は……セシルちゃんに」
「……それなら正面から縦に半分した方が良いのではなくて?」
「プルプルプルプル……」
一行は王都に向かって歩いている。
案内のトーラスを先頭に、グレインとハルナ、最後尾からセシル、リリー、ポップが続いていた。
「ハルナ、なんか後ろから不穏な会話が聞こえてきたな」
「えぇ、私たちとの信頼関係はポップ以下らしいですね」
「そっちか」
「ねぇねぇ、そういえば君達って、そういう関係なのかい?」
トーラスが唐突に、その爽やかな笑顔に似つかわしくない質問を投げ掛ける。
「そ、そういう関係ってなんだよ?」
「リリーには聞かせられないような、大人の関係ってことさ」
トーラスはウインクをしながら言っているが、内容と完全にミスマッチである。
「ち、違いますっ! グレインさまには故郷に心に決めた方がいらっしゃいますので! 私はそのフィアンセの妹の治癒剣士なんです! だから私はグレインさまの事を『お義兄さま』とお呼びするべきなのかも」
「その情報全部間違ってるだろ。ハルナは単なる無職の俺のほぼ死体の最初の発見者で、あいつの妹じゃないし、そもそもあいつは婚約者……なのかどうかは分からないし。それにあの町は俺の故郷じゃない」
「ほぼ死体って……私が見つけたときはまだ生きてたじゃないですかっ!」
「その言い方だともう死んでるような意味になるぞ?」
「生きて下さいっ! 生きてお姉ちゃんと結婚して借金もチャラにしてくださいっ!」
「やっぱり結局はそれが目的なのか!? そもそも借金の元凶は俺なんだから、ハルナが背負う必要はないんだぞ」
「お姉ちゃんにもお義兄さまにも幸せになって欲しいんですぅ!」
「だからお前の姉じゃないだろ!? お義兄さまってのもやめてくれ」
突如、よく分からない会話を繰り広げる二人を前に、トーラスは苦笑する。
「すごいな、情報量はいっぱいありそうなのに、何も理解できないよ。とりあえず、『二人が大人の関係なのか』っていうのは聞いちゃいけない質問だったということだけは分かったよ」
「「その言い方は誤解されそう」」
「まぁ、そのあたりは後で家に着いてからゆっくりと聞かせてくれないか。ほら、ここが王都の南門さ」
三人の目の前には、立派な門が大きく口を開けており、門番の衛兵が四人、門の前で見張りや通行人の審査をしていた。
「冒険者パーティ、『災難治癒師』です。指名依頼遂行のため王都にやってきました」
そう言ってギルドカードを見せる三人。
「はい、大丈夫です。お通り下さい。ようこそ、王都ラグランへ!」
門番の一人がグレイン達へ歓迎の挨拶をした直後。
「と、トーラス様っ!? 一同、敬礼!」
トーラスを見た別の衛兵が全員に声を掛けたのだ。
すると衛兵は全員揃って右手の握り拳を胸に当てる。
「もう……僕そういうの苦手だから、普通に扱ってって言ってるのに……」
「「「あなた一体何者」」」
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