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第327話 皇帝殺し

「とりあえず全員落ち着けよ!」


 グレインがそう三人に呼び掛ける。


「は、はい」


「ふむ……」


「ぐっ……」


 その言葉通りにダイアン、ベルクート、アンネクロースはひと呼吸置く。


「ちょ、ちょっとぉ。グレイン、あなたさすがに無礼が過ぎるわよぉ……。相手は勇者と皇帝陛下と王女様なのよぉ?」


 グレインの傍らでミュルサリーナが慌てている。

 しかしベルクートは、ダイアンを見据えて落ち着き払った声でこう告げる。


「落ち着いて状況を考えたが、やはりダイアン、貴様は任務を放棄して娘とイチャイチャしておるようにしか見えぬぞ。 罰を受ける覚悟はできておろうな?」


 口調こそ静かであったが、ベルクートは紅潮しており、怒り心頭であるのは明らかであった。

 そんなベルクートの言葉を聞き、思わず両手で口許を覆うアンネクロース。


「父上ッ! やはり……やはりダイアンを殺そうとしたのは事実なのねッ!? もう……父上のことなんて! 知らない知らない知らないッ!! ダーくん!」


 アンネクロースがダイアンの腕に抱きつく。

 ダイアンは彼女の肩に手を添えて、ベルクートの目を真っ直ぐに見る。


「お父さん! 僕はアンネクロース様……いえ、アンとの将来について真剣に考えています! だから話を聞いてください!」


「貴様に将来などあるか! 今すぐここで首を刎ねてくれるわ!」


 ベルクートはそう言って、腰の大剣に手を伸ばす。

 鞘に施された豪奢な装飾と、ところどころに散りばめられた宝石が輝きを放つ中、グレインは傍らの少女に声をかける。


「……いいの?」


「仕方ないだろう。ここで皇帝陛下による刃傷沙汰が起こるのも問題だ」


「……分かった」


 そう言って少女が笑顔で駆け出すと同時に、ベルクートが大剣を抜き放つ。


「陛下! いえ、お父さん! 娘さんを僕に下さい! 僕の生涯をかけて彼女を……アンネクロースを幸せにしてみせます!」


 相変わらずベルクートに向けてそう叫び続けるダイアン。


「者共! 掩護せよ!」


 ダイアンの頭上に大剣が振り上げられた瞬間、ベルクートの眼前を風が通り抜ける。

 風だと思われたそれは、一人の少女であった。

 そしてその手には、短剣が握られている。

 少女はまるで風を纏っているかのようにベルクートの前を通り抜け、彼女の後をついていくように、鮮血が風に乗って舞う。

 そう、それはベルクート自身の首から吹き出しているのであった。


 呆気にとられる一同の前で、ベルクートは静かに倒れる。

 中庭の地面に大きな血溜まりを作りながら。


 ミュルサリーナが膝を震わせながら今まで聞いたこともないほどの大声で叫ぶ。


「ねぇ! あなた馬鹿なのぉ!? どうして皇帝陛下を殺しちゃうのよぉ!!」


「いや、皇帝陛下による刃傷沙汰は避けたいなと思ったんだよ」


「刃傷沙汰を避けるために首斬って殺しましたとか言い訳にならないわよぉ! あー、知らない知らない! 私は関わってないわよぉ!? これはグレインさんとリリーちゃんの独断でぇ……」


 ミュルサリーナは既に涙声になっている。


「だからリリーに頼んだんだろう? 生き返せば何も問題ないだろ」


「そういう問題じゃないのよ……。なんで皇帝陛下が私達みたいな素性の知れない者達と直接会ったと思うの? ……周囲を見てご覧なさいな」


 ミュルサリーナに言われたグレインは周囲を見回す。

 彼らを取り囲む城壁では、無数の弓矢と魔法使いがこちらに殺気を向けていた。


「これは……急ぐぞ! トーラス、リリー! それとみんな、死にたくなきゃ近寄ってくれ!!」


 次の瞬間、城壁から大量の矢と攻撃魔法が殺到する。

 グレインとトーラスは目を見合わせて互いに頷く。


「人使いが荒いなぁ……。どれだけ保つかな……僕の異空間……」


 そう呟きながらトーラスは大量の黒霧を生み出し、全員を取り囲む。


「リリー、蘇生を頼む」


「……はい!」


 黒霧の中では、リリーが大急ぎでベルクートの身体に魔力を流し込む。


「……終わりました……」


 リリーがそう言うと同時に、ベルクートが声にならないような呻き声をあげる。


「ぉぅうぁ…………。余は、余は、何故にこのような闇に居るのか!」


 ベルクートがそう言うと、彼の身体が眩く輝き出す。


「グッ、グレイン! これ駄目だよ! 光属性だ! 僕の魔法が……消え……」


 そうトーラスが言い終わらないうちに、黒霧はベルクートの身体から発せられた輝きによって消し飛ばされる。

 王宮の中庭、その中央に光り輝く身体のベルクートが立ち、先ほどと同じように大剣を掲げる。

 次の瞬間、黒霧の外側から飛来していたあらゆる攻撃魔法が蒸発し、矢や槍はその勢いを失ってその場に落下する。

 異変に気付いた周囲の兵士達は戸惑い、やがて歓喜の声が上がる。


「撃ち方やめーい! あそこを見ろ! 陛下が立っておられるぞ! 撃ち方やめーい! 陛下! ご無事ですか!!」


 ベルクートは、目の前で俯く少女の頭を優しく撫でる。


「美しい……疾さであった。そなたの名前は何であるか?」


「リリー……と、申します」


「そうか。リリー、そなたには礼を言うぞ。普段であれば、そなたの跳躍にも気が付くはずであったが、何事も頭に血が上ってはいかんということであるな。……リリー、そなたはこれより『皇帝殺し』の二つ名を名乗るが良い。周りの者達が生き証人である。……リリー、この国ではな、強い者が偉いのだ。この国のほとんどの者達はそなたに跪くであろうよ」


 そう言って、ベルクートは高らかに笑うのであった。



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