第324話 ただの殺人事件か
「おい、貴様運が良かったな。ここから出られるそうだぞ」
そうグレインが声を掛けられたのは、投獄されてからちょうど二日後の事であった。
「グレインさまっ!」
騎士団の官舎を出たグレインを真っ先に出迎えたのは、ハルナとトーラスであった。
「グレイン、無事に出られたようで良かったよ」
満面の笑みを浮かべる二人に対し、グレインは冷めた表情で溜息を吐く。
「……とりあえず、二人が嘘をついてないってのは、半分ぐらい信じる……事にする。だけどな、ここからまた半殺しにされる可能性もあ……あ?」
グレインが違和感を覚えて目線を下げると、そこには自分の腹部から生えるように突き出た光の刀身。
「……ほらな、予想通りだ! もう殺すならさっさと殺せよ!」
「もう……私達がグレインさまを殺すなんて事、あるわけないじゃないですかっ! ……すぐ終わりますからね!」
背後からいつもどおり元気なハルナの声。
それと同時に、腹部の刀身から齎される温かな魔力が全身に巡っていくのをグレインは感じていた。
「グレインさま……二日間のお務め、お疲れさまでした」
「あとは僕達に任せて……ゆっくり休んでよ」
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トーラスとハルナの声を聴きながら気を失ったグレインが次に目にしたものは、白い天井だった。
「ここは……」
「見ての通り、なんの変哲もない病室よ」
グレインは何気なく呟いた言葉に思い掛けない返答があったため、慌てて声の主の方を見る。
「なっ、何よ。いきなり疲労困憊の状態で担ぎ込まれてきて、少しだけ休ませてくれって二人があんたを置いて──」
ベッドに横たわっていたグレインは、上体を起こして隣のナタリアを静かに抱き締める。
「あぁ……今回もまた死ぬかと思ったよ。……でも、生きて帰ってきた」
「……えぇ、そうね。生きてたわね」
「生きてて……良かった。俺、もしかしたらもう二度とお前に会えないんじゃないかって思ったよ」
「何大袈裟なこと言ってんのよ。まだ帝国に発って四日しか経ってないじゃない」
ナタリアの言葉に、グレインは考えを巡らせる。
「四日……だって? じゃあ俺は丸一日寝てたって事か……?」
「えぇ、そうね。昨日のお昼過ぎにあんたがここへ運び込まれて、今日はもう夕方だから、丸一日ちょっと寝てたわね」
グレインは目を見開いて、両手をナタリアの肩にかける。
「なぁ、あいつらは!? あいつらは今、どこで何をしてるんだ!? っていうか、ここは何処だ?」
慌てふためくグレインを見て、溜息交じりの微笑を浮かべるナタリア。
「ここはバナンザの治療院。そんなに心配しなくても、あんたはみんなに必要とされてんのよ? だからあんたはここでじっとしてればいいの。そのうち必要になったら、向こうからお迎えが来るわよ」
「日数的に、バルガ達がそろそろ到着してもいい頃じゃないか?」
「あんた……ここから帝国まで何日かかると思ってんのよ……。ポップに変態括り付けて飛ぶわけじゃないんだから、一週間ぐらいはかかるんじゃない? まぁ、奴らが着いたらハルナ達がすぐに来ると思うわ」
ナタリアがそう言うと同時に、病室のドアがノックされる。
「ナタリアさん、トーラスさんとハルナさんが来られました」
「ほらね」
ナタリアはにやりとそう言ってベッドから離れてドアを開ける。
「グレインなら目覚めたわよ」
言うが早いか、ハルナが病室に駆け込んでくる。
「グレインさまっ! セシルちゃんが!」
血相を変えてそう告げたハルナに連れられて、グレインは転移渦をくぐる。
グレインが転移渦を抜けると、容赦なく目に射し込んで来る夕陽に、彼は思わず目を細める。
そして足元には、胸にナイフを突き立てられ、既に息絶えたセシルの亡骸が横たわっていた。
「グレインさん……力を……貸してください……」
消え入りそうな声で、リリーがそう言った。
「リリーが殺ったのか?」
グレインの問いに、おずおずと頷くリリー。
「いやー、リリーがさ、僕とセシルの結婚に反対するって言い出してさ」
俯くリリーの代わりに口を開くトーラス。
「それはなかなか妥当な判断だな」
「ちょっとグレイン! それ酷くない!?」
「それで何があったんだ?」
「結婚するって言い張るセシルと、やめろと言うリリーが口論になってさ……。それで……」
「……ついカッとなって……刺し殺してしまいました……」
「なんだただの殺人事件か」
「とりあえず蘇生したいから、リリーの強化の為にグレインに来てもらったってワケさ」
「……なるほど……事情は分かった。こんな下らないことで俺を無理矢理連れてきたって事もな。……お前ら全員覚悟しとけよ? セシルの全力ヒールの刑だからな」
そう呟きながらリリーを強化するグレインなのであった。




