第320話 俺達が王宮に入る方法
「はぁ……まったく昨日は君のせいで……いや、君たちのせいで酷い目に遭ったよ」
ポップの背に括り付けられて死の飛行を繰り広げた翌日。
早朝からポップの散歩に付き合っているトーラスがそう漏らす。
「……元はと言えば、セシルちゃんを傷付けた兄様が悪い」
「リリーちゃん……。でも……あんなことで家を飛び出してしまったわたくしも……悪かったのですわ」
「セシルちゃんの可憐な乙女心を弄んだ兄様は……死んで当然」
「かっ、可憐だなんて恥ずかしいですわっ! と、とにかく、トーラスさまはもう死んだから良いじゃありませんの」
「プップゥ」
自分も忘れてくれるなと言うのか、セシルの言葉に同意するのか、鳴き声を挟むポップ。
「結局僕は……ポップに帝国まで連れて行かれて、戻ってきたら身体が吹き飛ばされて首を割かれて胸を突き刺されて……でもこうして生きてる。……あの悪夢は何だったんだろう」
「トーラスさまのおかげで、こうしてのんびりする時間が得られたのです。良かったではありませんの」
「帝国には今日の夕方に行くんだっけ?」
「そう……。遅れないでね。兄様が遅刻したら、また殺さないと……」
そう言ってナイフを鞘から引き抜くリリー。
「だっ、大丈夫だよ! だからそんな物騒なもの仕舞ってよ!」
「……せっかく抜いたついでに……一回死んでおく?」
そう言って微笑むリリーから隠れるように、ポップに抱きつくトーラス。
「トーラスさま、リリーちゃんのただの殺人ジョークですわ。グレインさんの強化がない状態だと、蘇生時の負担も大きいですし、さすがに殺すことはありませんわ」
「我が妹ならやりかねないんだよなぁ……。っ! ナ、ナンデモナイナンデモナイ!」
リリーに睨まれて、全身を震わせるトーラス。
「……それにしても……どうするのでしょうか」
「な、何がだい?」
「一体何をするのかな、と思いまして」
トーラスが必死にしがみ付いているポップの首筋を優しく撫でながら、セシルの視線は朝焼けの空をぼんやりと漂っていた。
「何をするって……勿論、兄様を殺す」
「妹に殺される!」
「いえ、そうではなくて……。わたくし達ヒーラーギルドが帝国に乗り込んで、果たして何が出来るのでしょう……と思いまして」
セシルがそう言うと、その意味をようやく理解したのか、二人も動きを止めて考え込む。
「……確かに、そうかも知れないね。僕たちが『皇帝陛下に会わせてください』って言ったって、まともに相手される気がしないよね」
「衛兵を全員殺して……王宮に踏み込む……」
「「それはやめて」」
「戦争の切っ掛けになったらどうするのさ」
「無関係の方を巻き込むのはダメですわ」
「……でも……最後に生き返せば……死んだことにはならない……よ?」
「「それでもダメ!」」
「バルガ達の馬車が着くまであと二日ぐらいはかかる筈だけど、今日から行くって事はグレインもそれまでに何か準備するつもりなんだろうね」
「えぇ、グレインさんなら何かいい方法を考えているはずですわ」
********************
「俺達が王宮に入る方法だって? 心配するな、ちゃんと考えてある。そのためのミュルサリーナだ! まぁ、あいつらの黒幕が王宮内にいない場合も考えられるけどな」
その日の昼過ぎ、セシル達はヒーラーギルドのカウンターで頬杖をつき、転た寝をしていたグレインを訪ねていた。
「……? ミュルサリーナも一緒に行くのですか?」
「あぁ、そうだ。帝国に着いたらまずはミュルサリーナの呪いで帝国中に疫病を流行らせる。そして翌日、疫病の噂を聞きつけたヒーラーギルドが駆け付けてみんなを治療する。当然、王宮内にも病人は出るはずだから、合法的に俺達は王宮に入れるって訳だ。トーラスを連れて一度入っちまえば、あとは転移魔法でいつでも忍び込めるからな。これならヒーラーギルドの株は上がるし、平和的に王宮に入れるいい方法だろ!?」
「疫病って……。大多数の方に多大な迷惑を掛けますし、まったく平和的とは言えない方法ですわね……」
「うーん……それじゃあ王宮の兵士を全員リリーが殺して、真っ正面から平和的に踏み込むか。最後に生き返らせれば殺したことにはならないだろ?」
「もう……。脳筋バカばっかりですわ……」
「どこが平和的なのさ……。君ならもう少し良い案持ってると思ったんだけどねぇ」
溜息を吐くセシルとトーラス。
「いやもう面倒くさいから疫病でいいだろ。国中の人が死に絶える勢いでブワーッとさ」
「まさかここに極悪人がいたとは思いもしませんでしたわ」
「さすがに今の発言は僕も擁護できないかな……」
「それに、あんまりヒーラーギルドが目立つとバルガ達に気付かれますわ。何のために彼らを泳がせてると思ってますの!?」
「じゃあやっぱり兵士を皆殺しに──」
「もっとスマートにいきましょうよぉ? 無差別殺人って全然エレガントじゃないわぁ」
グレインの言葉を遮ったのはミュルサリーナの声であった。
グレイン達は周囲を見回すが、彼女の姿は見当たらない。
「要するに……堂々と王宮に入れればいいのよねぇ?」
突如カウンター横のテーブルの下から音もなく姿を表すミュルサリーナ。
「おわぁっ! だから普通に登場しろって言ってんだろ!」
ミュルサリーナに驚いたグレインが思わず彼女の頭を叩く。
「痛っ! 『束縛されよ』……レディに手を上げるなんて何事よぉ……。痛いじゃないの」
ミュルサリーナの詠唱と同時に、グレインの身体に鋼鉄の鎖が巻き付く。
「その鎖は、私の怒りが収まらない限り外れることはないわぁ。あなたはそのまま食事もできず、ゆっくりと死に向かうのよぉ。魔女に手を出した事を、あの世でゆっくりと後悔することねぇ」
「いや、あの、俺も帝国に行く予定なんだけど……」
「大丈夫よぉ。鎖に巻かれたままでもトーラス君が連れてってくれるわぁ。……鎖は外れないけどねぇ?」
「あの……ごめんなさい……」
「良いのよ良いのよぉ。謝って済むなら最初から呪いなんて必要ないんだからぁ」
「……叩いて悪かったよ……。びっくりしたんで……つい……」
「それでねそれでねぇ、病気にするのはお姫様だけで充分だと思うのよぉ。かわいい愛娘が身体に異変を来したら……皇帝陛下は慌てて治そうとするに違いないわぁ。そんなところにヒーラーギルドなる者たちが面会を求めてきたら……」
「鎖を解いてくれませんかね……」
「なるほど……なかなかの名案ですわね! 王女様には申し訳ないですが、それが一番被害が少なく済みそうですわ」
「一度王宮に入ってしまえば、トーラス君がどこでも連れてってくれるだろうし。……ねぇ?」
「あのぉぉぉ……俺の鎖ぃぃぃ……」
もはや悲鳴にも似たグレインの呼び掛けは、その後も無視され続けるのであった。




