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第032話 その石は

「確かに剣とか矢を刺すけど、これは治療行為なんです」


 グレインとハルナは、少女に必死に説明をする。

 グレインは、怪我をしたらハルナに剣や矢を突き刺して治療してもらう行為が日常茶飯事になっていたのだが、これを一般人が見ると、仲間内での傷害行為にしか見えないという事実をすっかり忘れていたのであった。


「分かった……。私も……似たような術……知ってるから。……けど念の為……やってみせて」


 少女はハルナを見据えたままグレインを指差す。


「わかった。見ていてくれ」


 そういうとグレインは、腰の剣を抜き、左腕に刃を当てて軽く引く。

 少女がグレインの左腕から血が滴るのを確認したあとで、ハルナは持っていた矢をグレインの左腕に突き刺して治癒する。


「確認した……あなた達に……嘘はなさそう。兄様の……治療をお願い」


「わかりましたっ!」


 ハルナは青年の額に矢を突き刺す。

 たちまち青年の額の傷は癒え、跡形も残らず消え失せた。


「はい、これで治療は終わりですっ。念のため、意識を取り戻すまで私達はここで待機していますね」


 少女が青年の元へと歩み寄り、入れ替わる形でハルナはグレインの方へと戻ってくる。


「一体、何があったんだ? モンスターにでも襲われたのか?」


 グレインは、再び青年に寄り添う少女に問い掛ける。


「森の中から……兄様を目掛けて……石が飛んできたの。……兄様は……それに当たって……。治してくれて……ありがとう……グスッ」


 少女は泣きながら、綺麗になった青年の額を撫でている。

 グレインはその様子を見ていて、あることに気が付く。

 青年の頭の傍に、グレインがさっき蹴飛ばした石ころが落ちていたのだ。


「ま、まさか、その石は……」


「ぐ、グレインさま、もしかして……」


「状況証拠から見る限り、先ほどグレインさんが蹴った石が、こちらのお兄様の額に命中してしまったようですわね」


 あくまで冷静に状況証拠から分析結果を述べるセシルだったが、全く場の空気を読んでいなかった。


「っ!」


 セシルの言葉を聞き、再びダガーを構える少女。


「ご、誤解だ! 確かに俺は石を蹴ったが、それが君のお兄さんに当たるとは思っていなくて」


「……黙って……」


 少女はグレイン達の方を向いたまま、右手に構えていたダガーを投擲する。

 ダガーは瞬く間にグレイン達を通り過ぎ、彼らの後ろに忍び寄って匕首を振りかざしていたゴブリンの頭部に命中する。

 ゴブリンの断末魔の声を聞いて振り返るグレイン達三人。


「あなたが蹴った石が……兄様を傷つけたのは事実だけど……」


 静かに発せられる少女の言葉に、三人は再びそちらへ振り返る。


「あぁ、それは紛れもない事実だし、否定するつもりもない。本当に、本当に済まなかった」


 グレインは静かに頭を下げる。


「それは……もういい。……事故だと……思うから」


 少女は目を閉じ、首を左右に振る。


「兄様を……助けてくれて……ありがとう」


「いや……元々は自分たちの蒔いた種なんだから、当然のことをしたまでだ。迷惑を掛けてしまって申し訳ない。それに、ゴブリンからも助けてくれてありがとう」


「いやぁ、元はといえば、通り道で寝転がっていた僕が悪いのかも知れないよ」


 突如聞こえた声により、その場の全員が少女の背後に注目する。

 青年が意識を取り戻し、頭を掻きながら口を開く。

 立ち上がった青年は細身の優男で、妹と揃いの金色の髪が風にさらさらと揺れている。


「ここって森の出入り口じゃない? こんなところで寝てて、石が当たっただけで済んだから良かったのかなって。これが馬車にでも轢かれてたら、僕は間違いなく死んでたからね」


「……兄様……死なないで……」


 『死ぬ』と口に出した青年に少女がしがみつく。


「あ、失礼。自己紹介が遅れたね。僕はトーラス、こっちが妹のリリー」


 リリーは、トーラスにしがみついたままぺこりと頭を垂れる。


「俺たちは『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』って冒険者パーティだ。依頼内容は明かせないが、王都まで行く途中で、とある事情でこの森に迷い込んでしまったんだ。ちなみに、ここがどのあたりか教えてくれないだろうか?」


「そうだったのか。ここは王都の南森だよ。王都までは一時間と掛からず歩いていける距離さ」


「「「えっ」」」


「は、ハルナ、旅程はどうなってたっけ」


「途中で釣りと温泉と山菜取りを楽しみながらのんびり行くプランだったので、王都まで十日はかける予定でしたね……。急げば三、四日で着く道のりですが」


「……俺達は、馬車で十日もかかる長距離をたった一時間で吹っ飛んできたのか……」


「その後の飛散した荷物の回収などを含めても、合計三時間ぐらいですわね。ただ、十日も掛かる距離と言うと語弊がありますわ」


「まぁそうか。一日移動しては二、三日遊ぶ予定だったのに、全部取り消しになっちゃったな。馬車も粉々だし」


 三人は、自分たちの旅路を振り返り、軽く落胆していた。

 そんな中、トーラスは三人の後方で森から出てくるポップに気が付く。


「君達、面白い生き物を連れているんだね」


「プップ~」


 ソリを引くのが楽しいのか、ポップは上機嫌で森から出てきてセシルに擦り寄る。


「……かわいい……」


 次の瞬間、リリーはそれまでしがみついていたトーラスから離れ、ポップの目の前まで歩み寄る。


「ププッ」


「大丈夫、敵ではありませんわよ」


「プップルップル」


 一瞬警戒する様子を見せたポップであったが、セシルのその言葉を聞いて柔和な表情へと変わる。

 そんなポップを見たリリーは、ポップの首筋へと手を伸ばす。


「わぁ……あったかい……」


 傾きかけた西日が、肩の高さで切り揃えられた彼女の金髪を照らし、眩いほどに輝く。

 そこにいたのは、ダガーを構えていた時の、殺気の塊のような暗殺者ではなく、一点の曇りもない、純粋な笑顔を浮かべる天使のような少女であった。


「あぁ……我が妹ながら尊い……なんと尊いものを見てしまったのだ」


 トーラスはリリーを見て涙を流している。


「「「この人大丈夫か」」」


 ドン引きする三人であった。


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