第314話 たまたまでごめんなさい
「そう……でしたの。……あの者たちの任務が成功すれば、ティアちゃんの借金を返せる……と。……それは……あまりに酷い仕打ちですわ。たかが金のために、エルフ族を皆殺しにするなんて馬鹿げていますわ」
すると、セシルの話を聞いたリリーの顔から血の気が引いていく。
「……え……。……エルフ族を……皆殺し? ……魔物討伐じゃないの? それでヒーラーギルドが支援を……」
「なるほど、彼らはそういう名目で……全然違いますわね。彼らの行為は単なる虐殺行為ですわ。わたくしも里の中までは見ていませんが、恐らくは……。まぁ、わたくしはこの里の大部分の者から疎まれる存在でしたけれど、それでも目の前でそんな行為をされて、流石に見逃す訳にもいきませんでしたわ」
溜息混じりでそう言いながら、セシルは右手を空に向け、小さな光球を浮かべる。
それを見てリリーは苦笑しながら頷く。
「なるほど……私は……セシルちゃんのヒールの盾に連れて行かれたんだ……」
「リリーちゃんは抵抗しなかったのかしらぁ」
「あの人たち、突然血相を変えて馬車に戻ってきたと思ったら、『盾になれ』って無理矢理……。咄嗟に抵抗してナイフで刺したんだけど、あの女には刺さらなくて……」
「なるほどねぇ……。可哀想に。……あとでたっぷりと仕返しする機会をあげるわぁ」
ミュルサリーナは笑顔でリリーの頭を優しく撫でる。
「ミュルサリーナ、全然目が笑っていませんわ……」
「だって怒っているもの、当然よぉ。」
「……それで、そこの自称勇者さまはどうされますの? 貴方はあの方たちのお仲間なのではありませんの? それにアルテ……はまだ地下に隠れていますの?」
セシルはダイアンの方を一瞥すると、軽く睨みを効かせる。
「ミュルサリーナさん……バルガ達を逃がそうって言ったの……撤回します……。今からでも……全員……殺す。手始めに……勇者から血祭りに……」
リリーはそう言って、ナイフを握り締め、自らの頭を撫でているミュルサリーナの顔を見上げるが、彼女はゆっくりと首を左右に振る。
「うーん……どうもこの坊や、彼らに捨てられたみたいなのよぉ。そこのところ、セシルは知ってるかしらぁ?」
「……確かに、わたくしもこの方はもう死体だと思っていましたわ。たまたまわたくしのヒールで回復しましたけれど」
「たまたまでごめんなさい……」
「でも、虐殺者達に当たっていたら彼らが回復していたのだから、坊やがたまたま当たって良かったんじゃないかしらぁ?」
「たまたまでごめんなさい……」
「坊や、貴方はどうしたいのかしらぁ?」
「え、ぼ、僕ですか? ……バルガ達と、彼らに命令を下した者の暴走を止めたいです。こんな悪行、許されるはずがない!」
「……皇帝も私が……暗殺する……」
「うーん……。その皇帝陛下なんだけどねぇ……。私の聞いた人物像とずいぶん違うのよぉ。帝国の建国以来最高の皇帝で、稀代の人格者って噂だったのだけどねぇ……」
ミュルサリーナは首を傾げて唸る。
その隣でダイアンも腕組みをして頷いている。
「……そうですね。僕の知っている皇帝陛下も、そんな虐殺行為を命令されるような方とは到底思えません。寧ろ、そんなことを部下が口走ろうものなら、その場で処分を言い渡すぐらいの方です。とてもじゃないですが、エルフ族を皆殺しにして来い、などと言う筈がありません」
「でも、現にこうして皆殺しにされていますわ。皇帝の命令でなければ、他の誰かが彼らに命令したのでしょうか?」
セシルの問い掛けに答えを持ち合わせている者はおらず、一同は沈黙に包まれる。
「ここで考えていても、知らないものは答えが出てこないわぁ。彼らを泳がせて、黒幕が誰なのか突き止めればいいんじゃなぁい?」
ミュルサリーナの言葉に、無言で頷く一同。
「──彼らがエルフの里の再建に気が付かないか、その監視も兼ねて、ねぇ?」
ミュルサリーナの言葉に、首を傾げるリリーとセシル。
「なるほど、それがいいですね。ただ、再建には相当な時間がかかりそうですが……」
ダイアンだけは、何事もなかったように話を続ける。
「私達が、あの虐殺者たちと、彼らに命令を出した黒幕を始末できれば、時間がどれだけ掛かっても良いんじゃないかしらぁ」
「ね、ねぇミュルサリーナ」
首を傾げていたセシルが我慢できずに口を挟む。
「この森のエルフ族は、わたくしとアルテを除いて皆殺しになったのではありませんの。……あ、そういえばアルテは……」
「地下室にいるわよぉ。……今頃は感動の再会を喜んでいるところじゃないかしらぁ? ちょっと長すぎる気もするけれどねぇ」
するとダイアンが、笑顔を見せる。
「ミュルサリーナさんが、里から密かに逃げ出したエルフ族を地下室に匿ってくれていたんだ」
「私はただ、森の中を彷徨っていたエルフ達を誘拐してきただけよぉ? これから食料にするかもしれないし、活きのいい者は奴隷として高く売り飛ばすのもいいわねぇ」
「ミュルサリーナ、照れ隠しはもう結構ですわ。顔が真っ赤で隠しきれていませんわよ……」
そう言って、森へ来て初めて笑顔を浮かべたセシルなのであった。




