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第313話 獲物ダ!

「おい、女! 今すぐ出てこい! 今すぐ出てくれば、手荒な真似はせん」


 バルガは、ナイフを持って一歩ずつよろよろと歩くリリーを目の端に捉えたまま、謎の女に示された木陰にそう叫ぶ。


「もはや、これまでですわね……。私の魔法もタネが割れてしまっては、何もできませんわ」


 そう言いながら、怯えた様子で木陰から姿を表すセシル。


「よし、正直に出てきたな。先ほど言った通り、手荒な真似はせん。一瞬で楽にしてや──」


 バルガがリザベルに手で合図しようとした瞬間、不意に彼の視界を横切るものがあった。


「獲物ダ! コロス!」


 そう叫びながら、リリーはセシルの首をナイフで掻き切る。


「ッー! ヵはッ、はーっッ! ……!」


 首筋から血を噴き出しながらその場に倒れ、言葉にならない声を発しながら事切れるセシル。

 バルガは、セシルが冷たくなっていく様子を、いつの間にか取り出した映像記録の水晶球に収めながら笑顔を浮かべていた。


「この森に巣食う魔物はこれで全滅いたしました。ダイアン様の仇も……ううっ……」


 そして、バルガは水晶球を再び懐にしまうと、冷たくなったセシルの身体に何度もナイフを突き立てるリリーに目をやった。


「ふぅ。エルフ族の生き残りの討伐は案外あっさり終わったな。さて、この動く死体は……一応目撃者になるし、ここで息の根を止めておくか」


 バルガがそう言ってリザベルの方を向くと、彼女は真っ青な顔で震えていた。

 よく見れば隣のソフィアも同じ様子であった。


「バルガ……一刻も早くこの森を出ないか?」


「そうだよ! 任務は完了したんだからさ! あの子だってただの死体じゃん。……なんだかこの場所、すごく気持ち悪いんだよ……」


「わ、分かった。それではさっさとこの気味の悪い場所から離れるぞ!」


 リザベルとソフィアの異変に気がついたバルガは、慌てて二人を連れてその場を去っていったのであった。



********************


「コロス……コロ…………もう、いいかな……」


 暫しの後、リリーはそう呟き、足下に転がるセシルの顔を覗き込む。


「……セシルちゃん……ごめんね……。痛かった……よね?」


「謝るのは蘇生してからの方が良いんじゃなぁい?」


「ゎあっ! ……び、びっくり……した……」


 蹲るリリーに背後から抱きつくようにして声を掛けたのはミュルサリーナであった。


「早いとこセシルちゃんを蘇生して追い掛けないと、逃げられちゃうわよぉ? あの男だけは耐性があったけど、他の二人にはかなり強力な弱体化の呪いを掛けておいたから、殺るなら今がチャンスよぉ? 背後から奇襲を掛ければ間違いないわぁ」


 珍しくそう息巻いているミュルサリーナに対して、リリーは静かに首を左右に振る。


「……グレインさんの強化なしに蘇生したら……私はたぶん何日か寝込んじゃうから……先に話しておきますね」


 そうして、リリーはミュルサリーナにこれまでの顛末を説明する。


「……なるほどねぇ。ヘルディム王国再建資金のために、勇者一行には任務を成功してもらわないといけないってことなのねぇ」


「グレインさんと兄様から聞いた話では、そんな事みたいです」


「──まぁ、その勇者も使い捨てだったみたいで、あっさり捨てられてしまったんですけどね」


 ミュルサリーナとリリーが振り返ると、そこにはダイアンが立っている。


「あ……勇者様……。あいつらの仲間! 許さない!」


 リリーは両手にナイフを持ち、ダイアンに斬りかかろうとするが、それをミュルサリーナが制する。


「リリーちゃん、ちょっと待ってもらえるかしらぁ? ねぇ坊や、捨てられたってどういうこと?」


「あいつらに裏切られて、エルフ族の皆さんと一緒に殺されかけました」


「……それを証明するものはあるかしらぁ?」


「い、いえ……。セシルさんなら、何か見ているかも……知れませんでしたが……」


 ダイアンは残念そうに、切り刻まれたセシルの身体を見る。


「あらそう、じゃあ聞いてみましょう。リリーちゃん、私があなたを強化するわぁ」


「そ、そんなことが出来るんですか……?」


 ミュルサリーナは、驚いて彼女の顔を見上げるリリーの頭を軽く撫でる。


「ここは魔女の結界の中心よぉ? この領域内で魔女にできないことなんてないわぁ」


 そう言うが早いか、リリーの身体が薄っすらと光を帯びる。


「さぁ、準備はできたわぁ。いつでもいいわよぉ?」


 ミュルサリーナの言葉にリリーは頷き、光り輝く両手をセシルの身体の上に翳すと、そこからどす黒い粘液のような魔力の塊が生み出され、セシルの身体に浸透していく。


「身体と魔法のギャップがひどい……」


 リリーを見ていたダイアンの独り言を、傍らの魔女は聞き逃さない。


「奇跡の魔法を見て、その感想は無いわよぉ。……ちなみに今見たことを誰かに話したら、あなたの身体が二つに割れる呪いを掛けてあるから、気を付けるのよぉ?」


「えぇっ! い、いつの間に……。話しませんから、構いませんけれど」


「そう、なら良いわぁ。 それで、あなたは今何を見てそういう感想を抱いたのかしらぁ?」


「……言いませんよ」


「案外賢いのねぇ。それで真二つに裂けてくれたら面白かったのに」


「命をかけた質問とかやめてくださいよ」


「まぁいいわ。それよりも、そろそろ目が覚める頃よぉ」


 ミュルサリーナに促されてダイアンがセシルを見ると、身体中の傷がみるみるうちに塞がっていき、半分ほど避けていた首筋もすべて元通りになっていた。


「こ、これって……存在すらありえないと言われている……蘇生術……」


 驚くダイアンの目の前で、まるで眠りから目を覚ましたように自然に起き上がるセシル。

 彼女は横に立っているリリーの手を握る。


「リリーちゃん、生き返らせてくれてありがとう。でも、『獲物ダ!』はさすがに設定と噛み合っていませんわ」


 そうして笑い合う二人を、ぽかんと口を開けたまま見ているダイアンなのであった。



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