第312話 ちょっと殺し過ぎたみたいねぇ
「おっとと、あぶなっ! 二人共! この『盾』で防げるのはたぶん一撃だけ! だからどーしてもやばい時だけに温存しないとねっ! リザベル、さっさと発生源を始末しちゃって!」
後ろに飛び退いて光球を躱したソフィアが、臨戦態勢に入ったバルガとリザベルにそう声を掛ける。
彼女に持たれている盾──リリーは飛び退いた際の衝撃にもさほど反応を見せず、ただぐったりとしているだけであった。
そんなソフィアに向けて、さっきとは別の方向から、再び光球が飛来する。
「ちょこまかうるさいなぁっ! リザベル、敵の気配は?」
その場で跳び上がり、光球を躱したソフィアの目線の先には、項垂れるように首を左右に振るリザベルの姿があった。
「ソフィア、済まない。この森に入ってから、何かが変なんだ。まるで周囲の気配を感じられなくなって──」
「リザベル、後ろっ!!」
ソフィアの声に、振り返ることなく横っ跳びして地面を転がるリザベル。
そして彼女が立っていた場所を、光球が通り抜けていく。
「まだ来てるよっ! こっちも!」
ソフィアとリザベルは何度も飛来する光球を、必死になって回避する。
「ハァ、ハァ……。これは……まずいな……。バルガ、魔法障壁を──」
「駄目だ! 相手の魔法の属性さえもわからない以上、安易に障壁を張るのは危険だぞ!」
「しかし、このままでは我々はあの魔法の餌食になるだけだ!」
「バルガ、一旦障壁を張ってみてよ。もしそれで防げなくても、こいつで一回だけなら防げるからさ。やってみようよ!」
「……う、うむ……そうだな」
リザベルとソフィアに説得され、バルガは胸の前で両手で印を組み、魔法障壁の詠唱を開始する。
しかし、彼はすぐに首を傾げながら印を解く。
「バルガ、どうした?」
「障壁が……張れないようだ。障壁に必要な魔力が集まらぬ」
「あらあら、それはこの森に蓄積された魔力の所為ねぇ」
不意に背後から声が掛かり、三人は驚きながら振り返る。
「誰だ、貴様!」
リザベルはすかさず仕込み杖に手を伸ばす。
「あらぁ、そんな危ないもの、仕舞っておきなさぁい」
すると、リザベルの手は自然と脱力し、だらんと垂れ下がる。
「私は通りすがりの者よぉ。ただ、さっきからあなた達が襲われてるのを見て、手を貸してあげようと思っただけなのよぉ」
「手を貸す? おい女、騙したらただではおかぬぞ!?」
「大丈夫よぉ、私の言うことをよぉく聞いて。……あの魔法は、死者の恨みを攻撃力に変換しているの。属性的には太古の昔に失われたという闇属性、死霊術のようなものになるかしらぁ。……ただ、貴方達はちょっと殺し過ぎたみたいねぇ。過剰な魔力を感じるの。きっと破壊するだけでは済まないわねぇ」
三人は、あれほど飛んできていたセシルの光球が止んでいることにも気が付かず、ただ静かに突然現れた女の話を聞いていた。
「破壊するだけでは済まない……では、どうなる? 何が起こると言うのだ!?」
「そうだよ、何が起こるのさ?」
「リザベル、ソフィア、落ち着け! この女が言ったことを信用するつもりか!」
必死に質問するリザベルとソフィア。
二人を咎めるようにバルガは叫ぶが、二人の視線がバルガに向くことはない。
「これほどの魔力だと、おそらく身体が粉々に破壊されたあと、死者の人格を宿した動く死体となって、恨みを晴らそうとするのよ。ただ、頭は悪いから、敵味方の区別なく、目の前の人間を襲う事になるでしょうねぇ」
ごくり、と息を呑む二人。
バルガは、そんな二人の身体を揺さぶり、声を掛ける。
「おい、こんな出鱈目を信じるでない!」
「あらぁ? そんなに言うなら試してみたらどうかしらぁ? その盾で防いでごらんなさいな」
「う、うん、分かったよ!」
ソフィアはそう言って、リリーの盾を掲げる。
「おい、ソフィア! そんな口車に乗せられて、貴重な盾を失うつもりか!」
しかしバルガの叫びも虚しく、ソフィアはタイミングよく飛来した光球を、リリーで防ぐ。
その瞬間、リリーの身体が弾けて、周囲に凄まじい風圧を巻き起こしながら、血の雨が降る。
「ぐぅぅぅっ! お、おいソフィア! お前どうかしてるぞ!? リザベル、お前からも何とか言ってく──」
しかしバルガの言葉は、目の前に出来た、鮮血が舞う小さな竜巻の中から、リリーが姿を現した事によって遮られるのであった。
「恨ミ……殺ス……死ネ……殺ス……」
そんなことを呟きながら、一歩、また一歩と行くあてもなく歩き出すリリー。
「「本当だ……」」
リザベルとソフィアは顔面蒼白でリリーから距離を取るように後退りする。
「待てお前達! 仮にこの女の言うことが真実だったとしてだ、真実だったとして……女! 何故お前はそんな情報を知っているのだ!?」
バルガはなおも得体の知れない女に対して慌てふためきながらも問い掛ける。
「信じるかどうかは、貴方達に委ねるわぁ。ただ、このまま殺されないように、一つだけアドバイスを贈るわ。……あの木の陰、あそこに術者が居るわ。そこまでこの『動く死体』を誘導すればいいのよ。」
「……どういうことだ?」
「この動く死体は、頭が悪いって言ったばかりじゃないのよぉ。つまり、この死体に術者を殺させるのよぉ。術者が死ねば、動く死体も自然消滅するわぁ」
「なっ!? そんなことが可能なのか?」
「信じるかどうかは……お任せするわ。ただ、私は必要な情報をすべて伝えたから、そろそろ行くわねぇ。うふふっ……」
そう言って彼女は、黒い森の木々の間へと滑り込むように姿を消したのだった。




