第311話 思い知らせてやるわ
「二人とも、彼女は味方……わたくしの大切な仲間の魔女ですわ!」
「「魔女!?」」
ミュルサリーナと抱擁を交わした後、セシルは二人にそれだけを告げると、驚く二人をそのままに、これまでの経緯を掻い摘んでミュルサリーナに説明する。
「なるほどねぇ……。事情はだいたい把握したわぁ。エルフの根絶かぁ……。帝国ってば相変わらず血腥い事ばかりやっているのねぇ」
それを聞いてミュルサリーナは呆れたようにそう言ったのであった。
「あの……セシルさん」
ダイアンがおずおずと口を開く。
「こちらの方が……あの……先ほど仰っていたとおり、魔女というのは……本当なのですか?」
「えぇ、そうですわ……っと!」
ミュルサリーナはセシルを優しく押し退けて、ダイアンの前に立つ。
「あらぁ、よく見たらかわいい坊やじゃなぁい? セシルったら、いつの間にこんなイイ男と仲良しになったのよぉ? これはトーラスさんが泣いて悔しがるわねぇ。……そう、私は魔女。呪いの魔女の正当な後継者よぉ」
「の、呪いの……」
ミュルサリーナの自己紹介に、思わず後退りするアルテと、その隣で首を傾げるダイアン。
「え……? トーラスさん……? あの、トーラスさんってもしかして──」
ダイアンがそこまで言い掛けたところで、ミュルサリーナが険しい表情に変わる。
「……あら、もう来たみたいね。近付いてくるわぁ。どうやら向こうも、あなた達がここに隠れていると悟ったみたいよぉ」
「どうして……」
「森に火でも放ったんじゃなぁい? この森一帯だけは結界を張っているから、ちょっとやそっとの事では燃え広がることはないのよぉ。……つまり、全部燃やしてしまえば、『ここだけが燃え残る』のよぉ」
ミュルサリーナの視線の先を見る三人。
「──っ! リリーちゃん!」
セシルは全身をわなわなと震わせる。
「大丈夫、まだ生きてるわよぉ。──全身怪我だらけ、だけどねぇ。……どうしてくれようか……」
ミュルサリーナの声には静かな怒気が込められていると、周囲の三人は感じ取る。
「あいつら、同じ人間族だってのになんで……」
アルテはただ呆然としている。
しかし、それ以上に何も反応できない者がいた。
「な、何も見えない……」
ダイアンはそう呟くと、その場に膝を抱えて屈み込む。
「……なんで皆そんなに目がいいんです?」
「「「エルフの里で暮らしていたから……?」」」
「ただただ理不尽なんですけど」
「そんなことはさておき、どうすればいいかしらねぇ……。とりあえず、二人は隠れていた方が良さそうね。あそこの床が見えるかしらぁ? あの赤い煉瓦が崩れているところよぉ。あの床に扉があって、地下室に繋がっているわ。何かあったら知らせるから、それまで隠れていてちょうだい。細かいことは後よぉ。とにかく今は急いで」
ミュルサリーナは、アルテとダイアンにそう言って地下室に向かわせる。
「さぁて、追手はあなたの魔法を、得体の知れない破壊魔法と思い込んでるのよねぇ?」
「えぇ……おそらくは、ただのヒールだとは気付かれていない筈ですわ」
「じゃあ、こうしましょう? うふふっ──」
そうしてミュルサリーナは、セシルに耳打ちする。
「えぇっ!? でも、それはリリーちゃんが……」
ミュルサリーナは笑顔で頷く。
「えぇ、そうねぇ。この策を成功させる為には彼女の協力が絶対必要。まぁ、きっと彼女も話を合わせてくれるわよぉ。……おそらく、奴らに歯が立たなかったのだろうから」
ミュルサリーナはそう言って唇を噛み締める。
「……思い知らせてやるわ……」
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「ふむ……やはりこの一帯だけ異様な雰囲気を感じるな。この黒化した木々、魔力場が狂っているような感覚……。あの女が身を隠すには絶好の場所だ」
「ええい! 雑草がローブにチクチク刺さってくるのがとにかく鬱陶しいな」
バルガ達は黒い森へと足を踏み込んでいた。
無造作に周囲の低木から葉を引き千切り、黒化の様子を丹念に観察するバルガ。
仕込み杖で丈の長い草木を薙ぎ払うリザベル。
そして──
「い、いたっ……痛い……」
手足が本来曲がらない方向に無理矢理折り畳まれた状態で、ソフィアに『片手で持たれている』リリーであった。
「この子、盾にするまでは全然喋らなかったのに、盾にしたらうるさいね〜」
「しかし、この娘だけ残して全員逃亡するとは、ヒーラーギルドも腰抜けばかりだな」
バルガ達が馬車に戻ってきた時、車内に居たのはリリーだけであった。
リリーは彼らの異様な雰囲気を察知し、咄嗟に『自分以外は全員逃げた』と告げたのであった。
「ソフィアが盾にしようとしたら、まさか歯向かってくるとはな」
「まぁ、並みの刃物じゃ、このソフィア様の身体に傷をつけることなんてできないのだ〜」
三人がそう談笑していたところ、光球がソフィアに飛来する。
「悪行もそこまでですわ!」
怒りに満ち溢れたセシルが、光球を放ったのであった。




