第309話 ほんとに来ちまった
「聖獣様……生きてた……」
「こ、これが聖獣ですか……」
呆気に取られるダイアンに、セシルは微笑みかける。
「紹介しますわ。わたくしの友達、ポップですわ」
「プップルゥ!」
セシルにそう紹介されたポップは誇らしげに嘶く。
「変な……い、いや、かわいい鳴き声……ですね」
咄嗟に口をついて出た言葉をごまかすダイアンに、ポップは冷ややかな視線を向ける。
「プ……ププルゥ……」
「ポップ、このままわたくし達を乗せてどこかに逃げ──っ!」
セシルはそう言い掛けたところで言葉に詰まった。
セシルの様子がおかしいことに気がついたアルテもポップの異変に気が付く。
そしてみるみるうちに彼の顔色は青くなる。
「聖獣様、あ、あ、脚が! ……ぁ。あ、ああぁ……」
ポップの右後脚は、半分ほどのところですっぱりと切断されていたのであった。
「ポップ……ポップ……酷いですわ……。いったい誰がこんな事を……」
涙を流してポップの背を撫でるセシルの背に、消え入りそうな声でアルテが答える。
「……ないよう……」
「……聞こえませんわ! アルテ、あなた何かを知っているの?」
「逃げないように……聖獣様が逃げないように、足に魔封鎖を……繋いで……」
その言葉を聞き、セシルの背中がぴくりと震える。
「アルテ……。魔封鎖で……ポップの脚を繋いだの?」
「う、うん……。でも、ち、違う! 違うんだよ! 父ちゃんが『このままだと逃げ出すかもしれないから、鎖で神木に繋いでおけ』って……それで……」
「そんな! 酷い! 酷すぎますわ!!」
涙を流して怒りを顕にするセシルと、ただ俯いて静かに話すアルテ。
「お話し中すみません。その……、『魔封鎖』と『神木』って、いったい何なのですか?」
二人の間に挟まれたダイアンは、若干の気まずさを感じながらも、全く話の見えない現状を打破しようと試みる。
「魔封鎖はその名の通り、一切の魔法を通さない鎖ですわ。本来はエルフ族の犯罪者を捕縛するために使われるものですの。エルフ族には魔法が得意な者が多く、普通の縄や鎖は魔法で切られてしまうのですわ。……そして神木は、この森林の中心となる巨大な木ですわ。神木が死ぬと森が消えると言われるほど重要な存在で、どこのエルフの里も、神木に寄り添うように作られているのが普通ですわ」
「……聖獣様なら、きっと森のために神木を壊さないだろうって……神木の幹と聖獣様の脚を魔封鎖で繋いだんだ……」
「そうすると、ポップは……まさか鎖も木も切れないから、自分の脚を?」
「プップゥ…」
ダイアンの言葉に答えるかのように、静かに鳴くポップ。
「ごめんなさい、ポップ。わたくしがこんなところに連れてきたばっかりに、こんな酷い目に遭わされてしまって……」
「まずいな……森を出て逃げられないとすると、戦うしかないな……。たとえ敵わなくても、僕が犠牲になってでも君たち二人を……」
ダイアンはそう言って下唇を噛みしめる。
「いえ、一箇所だけ、隠れられる場所に心当たりがありますわ。そこに向かいましょう。もし戦うにしても、正面切って戦うよりは、隠れて奇襲を掛けたほうが勝てるかも知れませんわ」
「でも、もう里には入り放題だし、この森に隠れられる場所なんて──」
「『黒い森』」
セシルがそう言った瞬間、アルテの動きが止まる。
「ほ、本気なのか……?」
「アルテ、行きたくないなら着いてこなくてもいいですわよ。ただ、ポップの怪我はあなたにも責任があるのですから、……そうですわね、追手が来たら、わたくし達は森を出てあっちに行ったと嘘の証言を──」
「やだやだやだよ! だって、俺も殺されちゃう! ちゃんと姉ちゃんについて行く! 黒い森でもどこでも行くから見捨てないで!」
「えーっと……その黒い森っていうのは……?」
またしても二人の会話に置いてけぼりを食らうダイアンなのであった。
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「そろそろ黒い森ですわ」
「なるほど、確かにこの辺りだけ、木々の葉が妙に黒いね」
「ほ、ほんとに来ちまった……」
アルテは猫背気味になって震えながらも、ポップの右脚から血が垂れないように見張りながら歩いていた。
「……森に入って少し進むと、遺跡……何かの遺構のようなものがありますわ。そこに地下室があるので、一旦そこに隠れましょう」
「……なんで姉ちゃんはそんなに詳しいんだ? ……まさか……」
「えぇ、前にここへ来たことがありますわ。……別に、この森には何もいませんでしたわよ」
幼少より『入ったものは二度と出られない』と聞かされていたアルテは、生存者がいたことに若干安堵するものの、相変わらず黒い葉の生い茂る不気味な風景に身体の震えは止まらなかった。
「ここです……わ?」
「だ、誰だ、あれ?」
「……消えましたわね」
「ごめん、君たちの目には見えているのかも知れないけど、どこに何が見えているんだい?」
「あそこに姉ちゃんの言ってた遺構があるだろ? そこに女の人が立ってたんだよ」
「遺構……? え、あの遠くにぽつんと見える、あの点のようなところかい?」
「人間族は目が悪いからなぁ」
「……そうだね……」
やはりエルフ族の話には全くついていけず、もう細かいことを訊くのは止めにしようとダイアンは心に決めるのであった。




