第307話 いなくなって欲しい存在
「まぁ、たかが魔物に家族などと……正直どうでもいい話だ」
その屈強な体格の男は、セシルを一瞥してからそう呟くと、倒れている人間族の男の身体に歩み寄り、腰にぶら下げた水晶球を翳す。
「陛下、陛下ぁぁぁぁっ!」
突如涙を流す男の様子に面食らうセシル。
なおも男は泣き叫ぶ。
「陛下に……ご報告致します! 我々は満身創痍になりつつも、皇帝陛下の勅命を果たし……この森に巣食う魔物の大半を殲滅しました。しかし、しかし奴らは! 最後の死力を振り絞り、我等に奇襲を仕掛け……うっ……うぅぅっ! ……ゆ、ゆ、勇者様が、ダイアン様が、我ら仲間を庇って、このようなお姿に……。せ、せめ、せめて最期のご尊顔だけでも、こちらに収めさせていただきます……ダイアン様……、ダイアン様ぁぁぁぁぁ!! なぜ、我々の、私の命などお救いになったのですかぁぁぁぁっ! このバルガ、ダイアン様のためならば、簡単にこの命を差し出せますものをぉぉ!」
そして男は、その場に膝から崩れ落ちる。
「あれは……映像を記録する水晶球ですわね……。よほど大切なお方だったのでしょうか……」
「……よし、こんなところで良いな」
淡い輝きを放っていた水晶球から魔力が抜け、光が消え失せると同時に、男は勢いよく立ち上がる。
「さて、あとは残りのエルフどもを皆殺しにすれば、俺達の任務は終了──ッッ!」
「バルガッ!」
セシルの掌から放たれた光球が、バルガの笑顔──そう、大切な仲間を失ったばかりの筈なのに、そんなことを微塵も感じさせない彼の笑顔のすぐ横を通り抜ける。
「外しましたわ……。あなた、その顔はなんですの……!?」
「バルガ! すまない、油断した! 今斬り捨てる!!」
悔しさを表情に滲ませるセシルに向けて、リザベルが仕込み杖を抜きながら駆け出す。
「待てっ! リザベル!」
バルガの叫び声で、リザベルは咄嗟に斬撃の軌道を変える。
「ぷわっ!」
セシルは首と胴体が切り離されなかった代わりに、前髪の一部を失い、更にリザベルの剣が巻き起こした突風を浴び、その場に尻もちをつくことになった。
「何故だ! 何故止める!」
「まぁ落ち着け。おい、女よ。……今のは聖獣魔法……で間違いないな?」
「なっ、せ、聖獣魔法、だと……!?」
リザベルは、目を丸くしてバルガとセシルの顔を交互に見る。
「おい、答えよ! この魔法をどこで習得したのだ? この私ですら聖獣など見たことも無いのだぞ! ましてやそれを手懐けて、その力まで手に入れるとは……」
「……そんなこと、あなたに答える筋合いはございませんわ! それに、足元に倒れている方は、あなたの大切なお仲間ではありませんの? あなたは何故そのように笑っていられるのでしょう?」
セシルがそう問い返すと、バルガはリザベルに目配せをする。
彼女はソフィアに駆け寄り、ソフィアに押さえつけられているアルテの首筋に剣を当てる。
「聖獣魔法はどうやって覚えたのだ! 答えよ! さもなくば、そこの弟の首が転がるぞ?」
「お、お、お、おい、セシル、助けろ! い、いや、助けて下さい! お願いします! いやだ、まだ、まだ俺死にたくないぃぃぃ」
アルテは泣きながらセシルに懇願する。
「ねぇアルテ……わたくしが、あなたを助けると思って? 私は忘れていませんわよ。あなたの一家に引き取られてからの、奴隷のような地獄の日々を」
「お、覚えてんだろ!? だったら! お前は、俺の言うことに絶対服従だって言ったろ! だから、命令だ! 俺を助けろ! それぐらいしか──」
「『それぐらいしか役に立たないんだから』……いつもそう言ってましたわね」
「あ、あぁ、そうだよ! だって実際そうだろ!? お前なんて穀潰し、生きてるだけで迷惑だろ?」
「わたくしも、あなた方にずっとそう言われ続けていた所為で、自分は迷惑な存在だと思って生きてきましたわ。……でも、違った! 森を出て、外の世界に行ってみたら、ちゃんとわたくしを必要としてくれる人がいて……」
「そんなのどうだっていい! 早く助けろよ! あの人の質問に答えろって」
「……聖獣は、こことは別の小さな森で怪我しているところを保護しましたわ。そして、友達になって、一緒に過ごしていくうちに、力を分けてもらいました」
「成程な。捕まえて生き血を啜るとか、肝を食らうとか、そんな俗説は出鱈目だったということか」
バルガはそう言うと、再び笑みを浮かべる。
「ではこちらも質問に答えよう。大切な仲間を亡くして、どうして笑っていられるか? それはな、この男、ダイアンが『いなくなって欲しい存在』だったからに他ならん。……そう、貴様の弟と同じようにな。今から、貴様の弟も殺してやろう。同じ気分を味わえば、答えが分かるであろう?」




