第304話 今回の討伐対象
「──そこの達者よ、立ち止まれ──」
森の中を進むダイアン一行に、何処からともなくそんな声が掛かる。
森中の木々で反響し、その声が何処から発せられたものであるかは判らないが、不思議なことにはっきりと彼らの耳に言葉が届く。
「──今すぐ踵を返すと言うならば咎めはしないが──」
立ち止まるダイアンであったが、バルガ達はその歩を止めない。
「──これ以上我らの土地を土足で踏み荒らすと言うならば──」
不思議な声はそこで途切れる。
「バルガさん、ソフィアさん、リザベルさん、ちょっと待って下さいよ!」
声の通り立ち止まっていたダイアンが、前を歩く三人を呼び止める。
彼らが振り返ると、何故か驚愕の表情をダイアンに向ける。
「私の言葉を聞いてくれたのは貴方だけでしたね」
ダイアンはすぐ背後から聴こえた声に、慌てて振り返る。
そこにはエルフ族の青年がやや呆れた表情を浮かべながら立っていた。
そこでダイアンは、先ほどのバルガ達の表情が、ダイアンではなくこの男に向けられたものであったことを悟る。
「申し遅れました、私の名は──」
「ダイアン様、ですね? 勇者ダイアン様と、お供の方々。私はこの森の見回りをしているエンリと申します」
自ら名乗ろうとしたダイアンは、目の前の男が自分の名を知っていることに驚いた表情で口をぱくぱくさせる。
「貴様! さては我らを監視していたな?」
バルガの言葉に、エンリは悪びれることもなく笑顔で首肯する。
「もちろん、それが私の役目だからな。さて、貴方達の要件を伺おうか」
「僕達は、この付近に出没するという魔物を討伐するために帝国からやって来ました! ちょうどこの森はヘルディム王国との国境に跨っていて、モンスターは帝国領の問題でもあるので!」
ダイアンが理由を説明すると、エンリは笑顔で頷く。
「なるほど、貴方の言葉には曇りがない。それでは里長に取り次ぎましょう。……ちなみにその魔物というのはどういった魔物ですか?」
エンリの質問に対して、表情を曇らせるダイアン。
「えっと……実は僕もそれは聞いていなくて。ちょっと待って下さいね。バルガさん! 討伐対象の魔物について教えて下さい!」
ダイアンが大声で、彼の方に歩み寄るバルガに声を掛けるが、彼は無言で首を左右に振る。
「すまんがそれは極秘事項なので教えられぬのだ。勇者様が事前にいらぬ心配をせぬように、我らが討伐対象の魔物を発見し次第、勇者様にその場で伝達することになっている」
リザベルも頷き、ソフィアは人差し指を立てて唇に押し付けている。
「……詳細を明かせない……か。それでは里に招き入れるわけにはいかないな。一応里長には連絡してみるが、期待しないでくれ。……それにしても今日は来客が多い日だ」
そう言って小鳥を呼び寄せるエンリを遠目で見ながら、ソフィアがぽつりと呟く。
「まぁ、別に里に入ろうが入るまいが、どっちだって良いんだけどね〜」
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「返事が来た。あなた方を里には入れられないが、里長が挨拶だけはしたいそうだ。暫しここでお待ちいただけるだろうか」
舞い戻った小鳥の囀りを受けて、エンリはそう一行に告げる。
ダイアン以外の者達は隠すことなく不満げな様子で待つこと小一時間、近くの木に開いた洞から数人のエルフに連れられて、里長と思われる老エルフが現れる。
「これはこれは、貴方が噂に聞く勇者様ですな」
「僕のことを御存知でしたか」
「えぇ、えぇ、それはもう伺っております。なにせ帝国中にお噂は流れておりますでな。エルフ族は世界中の森に散在しておりますので、世界中に耳があるようなものですじゃ」
里長とダイアンは笑顔でそんな話をしているが、ダイアンの真横にはソフィアが密着し、左右にリザベルとバルガが緊張した面持ちで直立しており、この場の物々しい雰囲気には非常に似つかわしくない内容会話であった。
相対するエルフの側も、ダイアンの背後にはエンリが立ち、正面の里長の背後では付添のエルフ達が右手で矢羽根を摘んで同じように直立していた。
「……ゆくぞ!」
バルガがそう叫ぶと、彼の両手から稲妻が飛び出し、里長の背後に立つエルフ達に襲い掛かる。
「……え?」
何が起きたか分からないダイアンであったが、次の瞬間、自らの頭に感じる水滴に慌てて飛び退く。
しかしそれは水滴ではなく──背後にいたエンリの首から吹き出す血飛沫であった。
「エンリ! おぉ……何たることを……」
驚きのあまり、目玉が飛び出しそうなほどに目を剥く里長。
その後ろでは付添のエルフ達がバルガの電撃魔法で痺れる身体を懸命に動かし、里長を庇おうとしている。
「バルガ! リザベル! お前達は一体何をしているんだ!」
ダイアンは、目の前と背後で起こった突然の惨劇に、主犯の二人を怒鳴りつける。
「ダイアン様! こいつらが……エルフ族が今回の討伐対象の『魔物』です!!」
声を荒らげるダイアンに、バルガが大声でそう答えたのであった。




