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第302話 久しぶりに実家に

「あんなくだらないことで喧嘩してしまって……トーラスさまに合わせる顔がありませんわ」


 野原を風のように疾走する聖獣の背に抱きつくように身体を預け、セシルはそんな事を呟く。


「どこへ行ったら……わたくしには帰る場所が無いというのに……。……はぁ……。こんな事で飛び出してきたなんて、恥ずかしくてヒーラーギルドにも行けませんわ」


 彼女の身体にも流れているエルフ族の血。

 古来より脈々と受け継がれる民族の誇り──自分達は高貴な民族である──そんな思想から生まれるのか、彼女の中にある小さな小さなプライドが、自身をヒーラーギルドから遠ざけていた。


「文字通り、久しぶりに実家に戻ってみるのも悪くないかも知れませんわね。……ヒールもろくに使えないわたくしを一族の恥と嘲り、役立たずと言って森から追い出した事も、もう忘れているかも知れませんわ」


 そう呟くと、彼女は唇をきゅっと噛みながら、ポップに方角を伝える。

 彼女がそう思ったのは、勢い余って王都を飛び出した結果、既に彼女の生まれ故郷の集落がある森──アドラード大森林の近くまで来ていた事も理由の一つであった。

 もっとも、彼女の乗る聖獣の脚力にかかれば、行けない場所などほとんど存在しないのだが。


 森に入るとすぐに、彼女はポップの速度を落とし、降りて並んで歩く。


「止まれ……うん? お前は……いや、間違いないな! セシルだな!? それに隣は……ちょ、ちょっと待て! いま里長を呼ぶから!」


 森の中を見回っていたエルフ族の青年がセシルを呼び止め、慌てふためいた様子で指笛を吹く。

 するとどこからともなく小鳥が彼の肩に舞い降りる。

 彼は、その小鳥に向けて何やら囁き、小鳥が森の奥へと飛び去っていく間もセシルから視線を外さなかった。


「少し、待っていてくれ。いま『囀り』を送った。すぐに返事が──お、言ってるそばから来たな」


 再び小鳥が彼の肩に降り立ち、耳元で鳴く。

 彼は笑みを浮かべると、セシルに向き直って会釈をする。


「里長の許可が下りた。それと……『おかえり、セシル』と仰っていたぞ」


 青年は笑顔でそう言って、セシルを里へと誘う。


「ありがとうございます。……正直、入れてくれるとは思いませんでしたわ」


 そして二人は森の奥にある、大木の幹にぽっかりと開いた大穴──エルフの里の入口へと辿り着く。

 既に入口付近には里長をはじめとした、セシルにとって懐かしくもあり、苦々しい思い出の元凶たちが集合していた。


「来た来た!」

「おぉ……あれが……」

「凄いじゃない!」


 そんなことを口にしており、いくつかはセシルの耳にも届いている。

 そして二人と一匹は里の入口前で、里長と向かい合ったところで立ち止まる。


「エンリ、案内ご苦労であった」


 里長がそう言って一歩前に出ると、すれ違う形でセシルを案内してくれた青年は里へと入っていく。


「さてさて、久しいのう、セシルや」


「は、はい、お久しぶりですわ、こうしてお話をするのも──」


「そなたの隣にいるのは聖獣じゃな?」


「え、えぇ、そうですわ。私をここまで運んでくれましたの」


「そうかそうか、それではさぞかし疲れておるであろう。エルフ族秘伝の薬草があるでな。ゆっくりと休んでいただこう。これ!」


 里長が手を叩くと、群衆から三名が進み出て、恭しくポップの前に跪く。


「お父さま……お母さま……アルテ……」


 セシルがそう呟くと、里長は笑顔を浮かべる。


「セシルや、お前の両親と、お前の弟じゃ。この度、聖獣様のお世話をする役に任命した。お前を立派に育て上げたこの者達なら、聖獣様もさぞかし満足されることであろう」


「セシル、久しぶりだな。いま里長が説明してくれたとおりだ。俺達がお世話をするから、聖獣様を連れて行ってもいいな?」


「お父さま……」


 セシルは険しい目つきを彼に向ける。


「どうして……あの時……わたくしを見捨てたのですか」


「あの時? 一体いつの──」


「どうして、村を追い出されるわたくしを見て、何も言ってくださらなかったのですか! 庇ってくださらなかったのですか!」


「あぁ、それは違うんだ。俺達は──」


「わたくしは、今まで……今まで……どれほどの苦しみを……」


 そう言って両手で顔を覆ったセシルの隣で、男は妻に聖獣の手綱を預ける。

 妻と彼女に寄り添う少年は、聖獣の背を優しく撫でながら里の中へと連れて行く。

 男も、妻の聖獣に対するそれのように、泣きじゃくるセシルの頭を優しく撫でる。


「お父さま……わたくしは、あの時皆が言っていたように……役立たずなのでしょうか……」


 すると、彼は首を横に振り、彼女の耳元で囁く。


「役立たずなんかじゃないよ、お前は。こうして聖獣様を連れてきてくれたじゃないか。だから、ちゃんと役に立っているよ。……俺達の役に立てて良かったな」


 セシルがはっとして顔を上げると、里の入口にいた群衆は皆ポップについて行くように里へと戻っており、里長とセシルの父、そしてセシルだけが取り残されていた。


 そして、セシルの父と里長が入口に踏み込むと、大木の大穴は瞬く間に蔦が絡みついて閉ざされる。


「……ぇ?」


 一瞬、何が起きたか理解できなかったセシル。

 しかし、彼女に掛けられた次の言葉で、全てを知ることになる。


「セシル、ご苦労だった。まさかこんな収穫があるとは思わなかったぞ? 役立たずだと思っても育ててみるもんだな。じゃあな。さっさと森から出ていけ。俺たちの前から消え失せろ。くれぐれもそこら辺で死ぬんじゃねぇぞ。狼達が寄ってくると面倒だからな」


「お前はこの里には不要な存在じゃ。お前の本当の両親共々、エルフ族の歴史からも、家系図からも抹消してあるでな。はぐれエルフとして安心して野垂れ死ぬが良い」



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