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第299話 気分は夫婦喧嘩

「兄妹揃ってこんな夜遅くにどうしたんだ? 二人とも王都にいたんじゃなかったのか? それにセシルがどうしたって?」


「それは……うん……いや……あの……うん……」


 幾分落ち着いたであろうトーラスであったが、何かを思い起こした様子で歯切れが悪い。

 傍目にそれを見ていたリリーが溜息を吐きながら口を開く。


「はぁ……。ヘタレの兄様に代わって……答えます。王都にはいたけど……兄様の魔術で……ここまで転移してきた……。セシルちゃんは……兄様と喧嘩した……」


「うん? セシルと喧嘩だって?」


「リリー! その話はやめて止めて辞めてヤメテ……ひっ」


 顔を上げたグレインの目に映ったのは、トーラスの首に再び短剣を突きつけるリリーの姿であった。


「まず、グレインさん達が死にかけてる間の話。……兄様と私、それにセシルちゃんと姉様で協力して、……王都の屋敷を取り返した。……そして、四人で屋敷に泊まって、あちこち直したり、掃除しながら過ごしていた」


「おぉ! 屋敷を取り返せたのか!」


 グレインの驚きに、笑顔で首肯するリリー。

 しかし、その笑顔も次の言葉で曇る。


「……でもある日、事件が起こった。……それは、セシルちゃんが食事当番の日。『トーラスさまぁ♡お夕飯は何を召し上がられますかぁ♡』って……せ、セシルちゃんが」


 リリーは顔を真っ赤にしながらセシルの声を真似ている。


「『こういう話をしていると、まるでトーラスさまと夫婦になったみたいな気がしますわねぇ♡』って……セシルちゃんが言った。でも……」


 リリーは短剣を再びトーラスの首に押し当てる。

 余程力が入っているのか、怒りに震える鋭い刃先が、彼の首の皮を何度も裂き、その刃に血が滲む。


「この……ヘタレ兄様は……『セシルちゃんと夫婦か……。何かまだ、具体的に全く想像がつかないと言うか、全然そういう事は考えられないな』」


「あーーーーーーー! リリー! やめてやめてやめて!」


「うるさい」


 喚くトーラスであったが、首筋から鼻先に移動した短剣の切っ先によって沈黙させられる。


「あぁ、そりゃトーラスが悪いよな。意訳すると『お前と結婚なんて考えられない』って言ってるようなもんだからなぁ」


「言ってるようなというか……言ってる」


 口々にそう言って頷くグレインとリリーにトーラスは反論する。


「言ってないって! ただ言葉が足りなかっただけなんだよ!」


「兄様は……脳みそも足りてない……」


「妹の態度がひどい件について」


「なぁリリー、それで、セシルはどうしたんだ?」


「必死にフォローして誤魔化した……けど……セシルちゃんは怒って『実家に帰らせていただきます』って……」


「何で実家!? そこはヒーラーギルドじゃないのかよ!」


 不満そうなグレインに、リリーが言う。


「気分は夫婦喧嘩だから……。でも本当のところ……実家に帰ったのかも分からない……。エルフの里は追い出された、みたいな事……言ってたから……」


「確かに、実家でなければ良いのだがな」


 突如、これまで沈黙していたハイランドの発言が一同の注目を集める。


「セシルというのはあのエルフ族の少女であろう? 彼女の故郷が世界各地にあるエルフの里のうち、どこの里かは知らないが、……ダイアン達の目的地にしている森は、エルフの里の一つだ。ダイアン達の話によると、その辺りには魔物が跋扈しているらしいからな。近寄ると襲われる可能性がある」


 しかし、と前置きをした上で、ハイランドは憂慮に満ちた一同の顔を見回して笑う。


「徒歩であろう? ここで待っていた時間を加味しても、ほんの数時間だ。対してエルフの森はヘルディムと北の帝国の国境。馬車で追えばすぐ追いつく距離だ。それに、一晩頭を冷やして、夜が明けて腹が減ったら戻ってくる可能性も──」


「ありません」


 リリーの一言で、再び全員の表情が凍り付く。


「だって……出ていったの……三日前」


「「先にそれを言えよ!」」


 グレインとハイランドは声を揃える。


「それに……ポップちゃんに乗っていった……」


「「それも言ってくれよ!」」


「ポップとは……ここの庭で放し飼いにしていたユニコー……いやペガサ…………仔馬だね?」


「『馬』に逃げんな! あれどう見ても馬じゃないだろ?」


「しかし……あの馬……に似た不思議な生物は脚が速いのかね?」


 無言のまま、もげそうなほど上下に首を振るトーラス。


「そういえばお前、あれに乗って酷い目に遭ってたよなぁ」


「グレイン、君が僕の身体をポップに縛り付けた事は忘れてないからね!?」


「あれ、そうだったっけ? いや、違うぞ。お前が自分で志願して乗ったんだよ?」


「乗るわけないだろ!!」


「三日あれば……この世界をぐるっと回れるほどには……速いです」


 口論を始めるグレインとトーラスの傍らで、何事もなかったかのようにハイランドの質問に答えるリリー。


「こうなったら、セシルの無事を願いつつ、ダイアンに同行して探すしかなさそうだな」


 そう言ってグレインは深い深い溜息を吐いたのであった。


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