第298話 客人が来ているぞ
「それで……貴殿等は魔物討伐へ向かう前に、ヒーラーギルドの助力を得るためにこの国へ来訪したと聞いたが……討伐対象のモンスターはそんなに手強いのかね?」
デザートを口にしながら、ハイランドはダイアンに訊く。
「それが……僕もよく聞かされていないんです。いつも皇帝陛下から魔物討伐の依頼を受けて旅程とか道中の手配をするのはパーティメンバーがすべてやってくれるので」
「そうか。それでは討伐対象を目にするのは──」
「討伐するその時、です」
ハイランドの言葉をダイアンが継ぐ。
「では、討伐対象のモンスターと実際に向かい合った時に恐怖や戸惑いを感じる事はないかね?」
「はい、特にそういった事は無いです」
笑顔で答えるダイアン。
「僕、そのあたりの感情が欠落しているのか、怖いと思うことがないんです。それも『勇者』というジョブの所為なのかも知れませんが」
「そうか。周りが導いてくれるのであれば、今はそれでもいいかも知れんな。人間はみな、戸惑いや恐怖を感じると身体の動きが止まってしまう。戦場ではそれが命取りになる事も多いからな」
「はい」
おそらく、自らの体験を思い起こしながら語っているであろうハイランドの言葉に真剣に頷くダイアン。
「しかし、貴殿等のパーティには今までヒーラーは加入していなかったのか? 何故今回に限ってヒーラーの助力を求めたのであろうな」
「どうしてなんでしょうかね……。ただ、僕個人としては治癒師の方に居ていただいた方が安心です。今の仲間たち……バルガさん、ソフィアさん、リザベルさんを失いたくはないですから」
「「「ダイアン様!!」」」
彼の周囲で名の挙がった仲間達が一斉に目頭を押さえる。
「なるほど。……感動しているところ済まないがバルガ殿、今回の討伐対象について──」
「申し訳ありません。これは帝国内の重要機密事項となっており、どなたにも漏らすことはできぬのです。当然、ヒーラーギルド側にも、機密保持の誓約書面を交わしていただく予定です」
そう言ってバルガはハイランドに頭を下げる。
「一国の代表にも聞かせられぬとは……まぁ、帝国のメンツに関わる話かも知れぬ故、無理に詮索はせぬが」
ハイランドはそう言ってグレインをちらりと見る。
視線に気付いたグレインは無言で頷く。
「こちらの人選を考えているんだが、生憎今は世界各地にメンバーが散っててな。とりあえず討伐対象がどこに居るのかだけ教えてもらえないか? 道すがらメンバーを拾っていくという手も考えられるからな」
「……仕方ない。討伐対象地域はカゼート帝国とヘルディム王国の国境沿いにある森林地域である。我々はここよりヘルディム王国へと戻る形で、北上しながら当該地域へ向かう。……貴様等ヒーラーギルドの為にわざわざ遠回りしてやっているのだ」
溜息をつきながら、渋々といった様子でバルガはそう説明する。
「その地域と言えば……まさか……。そうだ、グレイン。君に客人が来ているぞ。……彼等が突然来たので、ここに顔を出すのが遅れてしまった訳なんだが。今は別邸の応接室で寛いでもらっているが、この会が終わったら私も同席させてくれ。一緒に話を聞きたい」
「ん? あぁ、分かった」
ハイランドの申し出に首を捻りながらそう答えるグレインであったが、彼はハイランドの顔が一瞬険しい表情に変わったのを見逃さなかった。
「──それで、我々の旅程に何か問題はあるか?」
軽く咳払いをしてバルガが話を戻そうとする。
「あ、あぁ、内輪の話で済まなかった。馬車は乗り換えないのか?」
「貴様等ヒーラーギルドが何十人もぞろぞろと連れて行かない限りは乗り換える予定は無い。まぁ、ゴミが何人集まろうと所詮はゴミなんだがな」
「バルガ、グレインさん達に失礼だよ」
あまりに堂々とヒーラーを侮蔑するバルガに、ダイアンは半ば呆れた様子で窘める。
「しかし、戦力にならない者を何名も連れて行っても意味がありませんぞ。水と食糧を無駄に消費するだけです」
「はぁ……。グレインさん、申し訳ありません。バルガにヒーラーギルドの皆さんは僕達と対等関係なのだと何度も説明したのですが……」
「いや、気にするな。ヒーラーなんて今まで世の中の奴らみんなに侮られて生きてきたようなもんだからな。……まぁ俺はヒーラーじゃなくて無職なんだけどな」
グレインはそんな事を言いながら苦笑する。
「クズ共を束ねるのは筋金入りのクズだったか! これは傑作!」
この後は終始不機嫌そうなダイアンの隣でバルガの豪快な笑い声が響き渡っていたのであった。
********************
食事会はハイランドがダイアン達に激励の言葉を掛けて幕を閉じ、ダイアン達が宿へと帰っていった後。
「彼はここにいるはずだ」
ハイランドはそう言って応接室のドアを開ける。
「グレイン! やっと会えた! グレイングレイングレイングレイン!!」
「兄様落ち着いて! ……殺しますよ」
「あ……あぁ、分かった。……落ち着いた。……それでセシルがセシルがセシルが……ヒッ」
応接室でグレインを待っていたのは、トーラスと彼の首元に短剣の刃を薄っすらと喰い込ませているリリーであった。
 




