第291話 僕の為に
「うっわー! ……色んな屋台があって楽しいや! はむっ……そしてどれも美味しいっ!」
バナンザの中央広場へと繋がる大通り。
そこに並ぶ屋台の列で、明らかに場違いなタキシードを着たダイアンが串焼きやら菓子やらを次々と注文し、平らげていくという、異様な光景が繰り広げられていた。
「げ……あんた何してんのよ!」
屋台横のベンチに座って料理を堪能しているダイアンを見て、思わず声を掛けてしまったのは、通りすがりのナタリアであった。
「ほあ、ナタリアはんれはないれふは」
「何言ってるか分かんないわよ……。それよりあんた、そのカッコ……まだお昼すぎなのよ!? パーティは夜からじゃない! 今からそんないい服着て屋台の料理なんて食べてたら……あーっ! ほら、上着の裾のとこ、汚れちゃってるじゃない!」
ナタリアが指摘したダイアンの上着の裾には、緑色と赤茶色の混ざった餡のようなものがべったりと付着していたのであった。
「むぐむぐ……んぐ。あぁ……これはゾンビフィッシュの卵風イモ団子のソースですね。これ、見た目がほんとにあのゾンビフィッシュの卵みたいなおどろおどろしい雰囲気が出ていて食欲を減退さ──」
「そうじゃなくて! 料理の感想を聞いてるんじゃないのよ! 服が汚れてるでしょ!? ちょっと脱ぎなさい!」
そしてナタリアは剥ぎ取るようにダイアンの上着を奪い取る。
「あーあ……少し乾いて余計ベタベタになっちゃってるわ……。ちょっと待ってなさいよ!」
「あ、ちょ、ちょっと……待ってください」
「ちょっと待つのはあんたの方よ!」
ダイアンが止めるのも聞かず、ナタリアは上着を持ったまま広場へ駆けていく。
「上着、返してくれるかなぁ……。まぁ……いいっか。……おじさん! 『角ウサギの串刺し三昧』を一人前下さい!」
嵐のように騒ぎ立てて去っていったナタリアの事をさほど気にする様子も無く、ダイアンは食事を続けるのだった。
********************
「あぁぁ……満腹満足満悦です……。さて、そろそろ散歩に行こ──」
「待ちなさいよ」
「アヒャィヤァァァぁぁぁぁ!」
不意に背後から声を掛けられ、肩を掴まれたダイアンはバネのように弾みながらベンチから転げ落ちる。
「お、驚きすぎよ! 失礼ね……」
声の主はナタリアであった。
「はい、これ」
ナタリアはダイアンに上着を手渡す。
ダイアンが裾を見ると、若干濡れてはいたが、料理の汚れは洗い流されていた。
「ナタリアさん、これ……」
「あんな汚い服だと、勇者としての威厳も保てないでしょ? あたし達は偉大な勇者の名声にあやかろうとしてるんだし」
「僕の為に洗濯してくれたんですか!?」
「えぇっ、そ、そうよ……」
向日葵が咲いたような、明るい笑顔と輝く瞳のダイアンに詰め寄られたナタリアは戸惑いながら距離を取る。
「とりあえず、会食まで大人しくしてなさい! 汚すんじゃないわよ!」
「はいっ! ありがとうございます! ……僕の為に……」
その場を立ち去るナタリアの背に、深々と頭を下げるダイアンであった。
が。
「ねぇ……ちょっと」
「はい、何です? ナタリアさん」
「何であたしについてくる訳?」
「いえ、僕はこの街を散歩してるだけですよ。ただ、たまたまナタリアさんと行き先が同じだけです」
迷惑そうに振り返ったナタリアとは対照的に、穏やかな笑顔で答えるダイアン。
そんな笑顔に絆されたのか、ナタリアは諦めたような溜息を吐く。
「……はぁ、もういいわ。あたしの用事も済んだし、この街を案内してあげる。言っとくけど、あたしもここの出身じゃないから、簡単な紹介だけよ?」
「ぃやったぁぁ! ありがとうございます!」
諸手を挙げて喜ぶダイアン。
「あんただけよ? あの失礼極まりない無駄筋と女どもは絶対許さないんだから。……まずは、建築現場に行きましょうか」
「建築現場……ですか?」
「ヒーラーギルドの建築現場よ。あんたのお仲間……あぁあの無駄筋肉! 思い出しただけでも腹立つわ! 無駄筋がごちゃごちゃ言ってたけど、単にまだ建築中で拠点がないだけなんだから!」
「なるほど……そうだったんですね」
「建物の建て方を知らないとか、こっちが頭に来る事ばっかり言いやがってぇぇぇぇ」
歩きながら親指の爪をギリギリと噛み締めるナタリア。
ダイアンは隣を歩き、それを必死に宥める。
「お、落ち着いてくださいナタリアさん! 冒険者ギルドとか、どこかに間借りさせてもらったら良いのではないでしょうか?」
「それもやってたわ。でも冒険者ギルドに迷惑を掛ける訳にもいかないから、つい先日引き払ったのよ。まぁ、ヒーラーギルド本部が建つまでそんなに時間は掛からないはずだから、それまではあの広場で我慢するわよ。まぁ、あそこで寝泊まりしてる訳じゃないから……路上生活者ギルドって言った、あの女ぁぁぁぁぁ!」
「ひぃぃっ! ナタリアさん! そんなにしたら爪がなくなっちゃいますよ! ……ソフィアさんも悪気があって言ったわけじゃないと思いますが、必ず謝罪させますので……」
「えぇ、当然よね……。はぁ、はぁ……。そう言ってる間に着いたわ。ここが私たちの新しい拠点、ヒーラーギルド本部よ」
ナタリアがそう紹介したバナンザ町外れの建築現場では、ようやく廃屋の撤去作業が終わったところであり、多くの作業員が瓦礫の山の運搬作業を行っている傍らに更地が広がっているだけであった。
「な、なるほど……。これは廃墟の取り壊……い、いえ、建築真っ最中ですね!」
ナタリアに睨まれたダイアンは咄嗟に言葉を選ぶ。
「あれ、お姉ちゃーん!」
作業員に指示を出していたハルナが、ナタリアを見かけて駆け寄る。
しかし、ナタリアに近付くに従って彼女は険しい顔になる。
「ナタリアさん、危ないですっ!」
次の瞬間、ハルナの魔法真剣をダイアンが短剣で受け流していた。
「お姉ちゃん……グレインさまという人がいながら、堂々と若い男とデートするなんて!」
「えぇぇぇ!? ちょ、ちょっとハルナ、それは誤解だっ──」
ナタリアの言葉を掻き消すようにダイアンが叫ぶ。
「ナタリアさんには指一本触れさせません! 僕が命懸けで守りますから! ……僕は……ナタリアさんの事が好きです!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
顎が外れそうなほど口を開けて驚くナタリアなのであった。




