第288話 足手まとい
「ソフィア、ダイアンを頼んだよ」
「オッケー、任せてよね。リザベルこそ、ゴブリンなんてさっさとやっちゃってよ」
「……言われなくとも、そのつもりだ」
リザベルはその手に持っていた錫杖を真横にして頭上に翳す。
錫杖の頭は開花した花を上下逆さに象ったもののようであり、花弁が下を向いている代わりに、花弁の根本から茎が上部に伸びた奇妙な形をしていた。
「……来るか!」
言うが早いかゴブリン達がリザベルに殺到する。
しかし、リザベルが錫杖を振るい出すと、ゴブリン達は次々とそれに殴り飛ばされていく。
辺りにはゴブリンのものと思われる骨が砕ける音と、血の匂いが立ち込める。
「抜くまでもない……か」
そう呟いたリザベルのローブは、ゴブリンの返り血によって黒光りしていた。
「リザベル、まだ終わってないよ!」
ソフィアが叫ぶ。
「あぁ、そこの茂みだろう……ソフィアっ!」
リザベルが街道脇の茂みに向け、慌てた様子で駆け出す。
しかし、彼女が到達する前に茂みの中に隠れていた者が立ち上がる。
それは矢を番え、弓を引き絞ったゴブリン達であった。
ゴブリン達はリザベルに向け、一斉に矢を放つ。
「……甘い」
リザベルは錫杖頭の花弁の根本──茎を象る部分を右手に握ると、一気に抜き放ち、自らに飛来する矢を次々と切り落とす。
しかし、放たれた矢はリザベルにだけ向けられたものではなかった。
リザベルの後方にいたソフィアにも、頭上と前方から矢が襲い掛かる。
「リザベル、流れ弾〜! ……もう、雑なんだから! 『硬化』!」
ソフィアは大盾を上空に向けて掲げながら、自らの身体を盾にするようにダイアンの前に立つ。
降り注ぐ矢は大盾に刺さり、弾かれ、その下にいるダイアンに届くことは無かった。
更に正面から直線的に飛来する矢も、ソフィアの身体に当たるや否や、甲高い金属音を立てて跳ね返る。
「ソフィアがいるから大丈夫。だからダイアンを頼んだって言った」
「……もう、人遣いが荒いなぁ。リザベルこそ早く弓ゴブ殺っちゃってよ。もたもたしてるとダイアンに矢が当たっちゃうよ?」
「分かってる。急ぐよ」
リザベルは矢を切り落としながらも、茂みから次々と飛び出してくるゴブリンを斬り裂いている。
しかし飛び出してくるゴブリンの数が多く、なかなか弓を持つゴブリンまで辿り着けない。
「ちょっとゴブリン多過ぎないか!? いくら一体一体は弱いにしても、ここまで数がいると……。この数を一人じゃとてもじゃないが追いつかないだろ。こうなったら俺が助けに──」
グレインがそう言った時、馬車の中から閃光が飛び出す。
閃光は弓を構えたゴブリンに到達すると、彼らの身体を黒く焦がしながら広がり、周囲の草木にも火の手が上がる。
「すまない、田舎者の下劣な言葉のせいで気絶させられていたみたいでな」
バルガが客車にぽっかりと空いた穴から顔を出してそう言うと、グレイン達に険しい顔を向ける。
「バルガ、まだ居るよ!」
ソフィアが叫ぶや否や、バルガは再びゴブリン達へと視線を向ける。
「リザベル、当たるなよ!? 『雷撃針』!!」
バルガは腰の剣を抜き、その刀身から無数の光を生み出す。
次の瞬間、その光は一斉にゴブリンに向けて放たれる。
「アガッグッグ!」
「グゲェ!」
「ギイイイイィ!!」
轟音に混ざってゴブリン達の悲鳴が響き渡り、直後に静寂が訪れる。
「お、お前……そんな筋肉あんのに魔法も使えるのか……」
グレインの言葉に、おぉ、と小さく息を漏らすバルガ。
「そうか、お前達に自己紹介をしていなかったな。俺はバルガ。勇者パーティの専属魔法使いだ。今見たように、後方から魔法で支援を行う。あっちの黒い女はリザベル、戦士だ。あの女が仕込み杖を抜くと必ず相手は死ぬ。付いた二つ名は『杖の死神』。そして、勇者様が泣きながらしがみついているのがソフィア、壁役だ。命懸けで勇者様を守るのが仕事だ」
「「黒魔道士全開の格好した戦士と、そんなムキムキの後方部隊がいるか!!」」
「もうちょっと、こう……ふさわしい格好ってもんがあるだろうが!」
「そうよ、リザベルなんていきなり即死魔法でも使ってきそうなレベルで雰囲気ドス黒魔道士じゃないの!」
呆れるグレインとナタリアに、バルガは続ける。
「俺達は長年このスタイルでやってきたんだ。今更余所者にどうこう言われる筋合いはない。……それで、どうだった? 勇者パーティの活躍は」
そう聞かれた二人は顔を見合わせて、同じ答えを口にする。
「足手まといだな」
「足手まといよね」
想定外の言葉だったのか、ぽかんと口を開けるバルガ。
「あんた達はそれなりに連携の取れたいいパーティだ。いや、あんなゴブリンの大群を、実質たった二人で殲滅できるんだから、恐ろしいほど強力だと思う。……だが……」
「問題はダイアン、よね」
そう言って溜息を吐いた二人なのであった。




