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第278話 未来を、救って

 ミュルサリーナ。

 その名を聞いた時、全身の毛が逆立つのを感じた。

 通常ならばひと目見た瞬間に風貌で気が付いた筈。

 でも、ウチはこの世界に来てから既に数百年の時を過ごしてきた。

 飛ばされる直前の事など、手帳に書き残した名前と人物評以外の情報はほとんど残っていない。

 最近ではずっと救いたいと思っていたナーちゃんの顔でさえもあやふやになってきたほどなのだから。


 動揺を隠すように、普段の口調に戻す。


「私の真名は……ごめんなさい、事情があって明かせないわ。本来の姿もね。一応この集落では、口減らしのため村を追われた不憫な女性、シンディを演じているの。知っての通り、私の正体がバレたらこのエルフの集落も追放される……ううん、どんな酷い目に遭わされるか分からないから、今後は貴女もそのつもりで過ごして」


「分かりました。では私も……うーん、いい設定が思い付かないです……。あ、振られた腹いせに恋人を殺して、身包み剥いで逃げてきた女……とかどうでしょう」


「犯罪者はエルフの自警団に突き出されて酷い目に遭うよ? 即刻処刑されるかもね」


 するとミュルサリーナは、突然焦点の合わない目をして、無機質な声を出す。


「……ワタシ、ベツセカイ カラ ヤッテキタ ソンザイ」


「そんな珍しい存在なら、好奇心旺盛なエルフの研究者によってさっさと解剖されて研究対象にされるでしょうねー」


 ダメ出しに頬を膨らませ、暫しの考慮の後に揉み手をしてひょこひょこ歩み寄るミュルサリーナ。


「……ワテ、流れの商人やってますー。いい商品ないか仕入れにきましたよってー」


「エルフの里は基本的に外部の人間を拒絶するの。だから商人なんて里に侵入してたら、手引きした私も一緒に晒し首だよー」


「じゃ、じゃあどうすれば……。っていうか、何を言ってもエルフに殺される未来しかないじゃないですか! エルフ凶暴!」


 彼女はもはや泣きそうな表情で困っている。

 未来の飄々とした雰囲気は微塵も感じられないけど、『あの』ミュルサリーナと同一人物なんだろうか。

 どうしてああなったんだろう。

 でも今はとりあえず、彼女を弟子として育てることにしよう。


「貴女はありのままでいいでしょ? ここに来る迄の貴女は魔……アレじゃないんだし」


 そして、彼女を連れてエルフの里長に面会、川辺で彼女を拾ったことを報告する。

 ミュルサリーナも自らの事情をそのまま話すと、里長は涙を流し、無言で頷いて聞いていた。


「ミュルサリーナさん、辛かったろう。ここでは……いや、エルフ族一同は、誰も貴女に危害を加えない事をここに誓おうではないか。だから安心してここに住まわれるといい」


 この里長はとっても優しい老エルフ。

 ……後ろに控えている息子の眼光が鋭かった気がするけど、気にしないでおこう。


 そうして、ウチとミュルサリーナの長い長い修行生活が始まり──突然終わったの。


********************


 魔力を集中するミュルサリーナの眼の前で、森で捕らえてきた角ウサギの立派な角がボロボロと砂のように崩れていく。


「で、出来ました! 風化の呪い!」


「よし、大体百年ぐらい掛かったけど、これで一通りの呪いの基礎はマスターしたね。……あとは反復あるのみ! ミュー、無闇に他人に危害を与えないようにね。自由に使えるようになったら応用編で色々組み合わせてみるといいよ」


「はい、ありがとうございます、師匠!」


 ここは自宅の地下室。

 弟子に修行をつけるのに適当な場所がないから、自宅の地下に少しだけ修行用のスペースを確保したのだ。

 そして準備は整った。

 ミュー……ミュルサリーナに呪法を教えていくにつれて、思い浮かんだ一つの考え。


「じゃあ、師匠からミューに基礎修行完了の証を授けます!」


 そう言って、ミュルサリーナの額に手を当てて、一つの呪いを掛ける。


「……今のは……新たな呪法ですか? これまで感じたことのない……」


「修行完了した時だけに与える特別なものなの。あ、特に生活には影響出ないから大丈夫」


「分かりました! では今日は修行の完了祝いに、このウサギ肉でご馳走を作っちゃいます!」


「ミューが自分で作って自分を祝うんだね……」


「そ、それはまぁ、師匠が作るより私が作った方が美味し……いえ何でもありません」


 察しがいいのか、ウチが軽く睨んだだけで言葉を引っ込めたね。

 そして、ミュルサリーナが腕によりをかけて作った絶品ウサギ料理をたらふく食べて眠りについた。

 ミュルサリーナの修行が一段落ついて油断していたのか、その日の眠りはいつもより深かった。

 いや、彼女に『あれ』を無事に与えられた安心感があったのかも知れないが、今となっては分からない。

 深夜にふと目が覚めると、家の中は火の海だった。


「ミュー! ミュー! 起きなさい! 逃げて!! 早く!」


 慌てて隣のベッドに駆け寄り、ミュルサリーナを叩くように揺り起こす。


「きゃあっ! こ、これは一体……!」


「逃げるよ! 早く!」


 ドアを蹴破って家の外に飛び出すと、身体に激痛が走る。

 見れば、外に居並んだエルフ達が矢をこちらに向けて番えている。


「ミュー! 来ちゃだめ!」


「え? ぁ……し、師匠!!」


 彼女に慌てて声を掛けたけど、ミュルサリーナは既に真横にいて、ウチのお腹に突き立った矢に気が付いていた。


「これぐらい、大丈夫……」


 すると、エルフの中から一人の青年が前に進み出る。

 それはあの優しかった里長の息子だった。

 数年前に里長は息を引き取り、息子が跡を継いで新たな里長となっていた。

 そういえばそのあたりの時期から、ウチらの家に対して嫌がらせめいたイタズラが頻発するようになったっけ。


「そこな娘は助けてやる。『一切の危害を加えぬ』との親父殿の誓言があるし、無益な殺生は好まぬからな。……だがしかし、呪いの魔女よ。貴様だけは別だ」


「ししょ──」


 慌ててミュルサリーナの口に手を当てて塞ぐ。

 ここで師弟とバレたら、彼女の身にも危険が及ぶ。

 身体を動かすと腹部の矢がより一層の痛みを生み出す。


「ぅぐ……。わ、分かったよ。じゃあ、この、小間使いの……女は、逃してくれるね? ……ッツ!」


「勿論だ。一般人は解放する。まぁ、魔女の関係者とあらば、里からは出ていってもらうがな」


「よかっ……た。じゃあね、ミュー。どうやらここまでだよ。ウチは……家の中にある大事な書物を守らなきゃ。──ごめんね」


「そ、そんな! ししょ──……シンディ様!」


 そしてウチはミュルサリーナを突き飛ばし、家の中へと舞い戻る。



「そうかそうか、魔女様は家とともに焼け落ちる道を選ぶか! 直接手を下さずに済むから楽でいいぞ!! よし全員、この粗末な小屋を取り囲め! 虫一匹も逃すでないぞ!」



 息ができないほどの熱風が吹き荒れる中、舞い散る火の粉を両手で薙ぎ払いながら、最後の力を振り絞り、寝室で半ば焼け落ちた手帳を見つける。

 どうやらこの矢、普通の矢じゃ無さそう。

 どんどん魔力が失われてゆくのが分かる。

 でも、命を削って、手帳を修復する。

 何とか手帳としては復元できたけど、中身はウチの頭に入ってないので修復できず、ほぼ白紙だ。

 数百年前に手帳に書いた内容なんて覚えていない。

 だから、大事な所だけ、『未来のウチ』が迷わずここまで辿り着けるように、要点だけを記した。


 最後に、すべての魔力を使って、この手帳をどこか遠くへ転送する。

 こんなところで死ぬことは予想してなかったけど、手帳の転送先だけはずっと昔から決めていた。

 ウチがこの世界に飛ばされてきたことを唯一知っている人物、マァムの所だ。

 遥か昔の話なので、もう生きてはいないだろうが、血縁者がいるはず。

 記憶していたマァムの魔力波動で世界中を検索、見つけた場所へと手帳を転送する。


 転送が終わると同時に、寝室の床へと倒れ込んだ。

 もう体力も魔力もゼロ、指一本すら動かせない。

 熱くて息ができない、でももう汗もかかない。

 身体の全てが生命維持活動を止めている。




 ごめんね、ミュー。

 あれは『修行完了の証』なんかじゃない。

 『最後の鍵』なんだ。

 ウチはどうやらここまでみたい。

 あとの未来は貴女に託すよ、呪いの魔女の最初で最後の弟子、ミュー。


 未来を、救って。


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