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第277話 『最後の鍵』

 魔女になってから数百年が経った頃、ウチはようやく北の大陸から南の大陸に渡ってきた。

 その頃には南の大陸にもちゃんと国が出来ていたけど、ある事情により、あまり大っぴらに住めない状態になっているんだけどね。

 今はちょうどヘルディム王国と北のカゼート帝国の国境沿いぐらいにある、エルフの里に隠れるような形で住まわせてもらっているの。

 魔女だとバレないように魔法で姿を変えて、『忌まわしい呪術師のジョブを授かったために、口減らしで村を追い出された貧しい村娘のシンディ』を演じて、エルフに拾ってもらったんだ。

 自分の生い立ちから村を追われた経緯(嘘だけど)なんかを話して、村に置いてもらう代わりにささやかな呪術で村人のお手伝いをしながら暮らしてる。


 そしたらある日、川へ水汲みに行ったら、川岸に打ち上げられている女性がいたの。

 まぁ、とりあえず助けるよね。

 ウチの目的の半分はもうほとんど達成していて、あとは『最後の鍵』を用意すればいいだけだから、人ひとり助けたって時間はまだまだたっぷりあるんだし。

 ……まだまだ、長い時間を過ごさなきゃいけない。

 ウチが過去に飛ばされたあの瞬間に、『最後の鍵』として再び舞い戻るために。


「……気が付きました?」


「……っ! ……はい…………助かって……しまいました……」


 そう答えて泣き始める女性。


「……折角助けた命ですが、自死を選んだ方でしたか? 自殺志願者であれば、助けてしまって申し訳ありません。もし貴女が望むなら……このまま苦しまずに殺してあげることも可能ですが、希望されますか?」


 ウチはアウロラじゃない人を演じているので、なるべく丁寧な口調で……。


「わたしの希望……希望は……。……私の……幸せを……返して欲しい……。私の心も含めて、全てを粉々に壊した、彼も、彼の一族も、私の両親が居ないあの村の、生きとし生けるもの全てを、呪い殺したいほど憎んでいます」


「……事情を……伺っても?」


 その女性は静かに頷く。


 話を聞くと、よくある痴情の縺れ……よりもよほど悪質なものだった。

 婚約者とその一族に裏切られ、家族を皆殺しにされ、自らも刺されて滝壺に落とされたとか。

 女性から話を聞くうちに、ウチが魔女になって過ごしてきたこの数百年の間に、自分の中のアドニアスへの憎しみが少し薄れていた事に気が付いてしまった。

 それほどまでに、目の前の女性の憎しみは凄まじいものだった。

 憎悪、怨恨、憤怒、悲哀、様々な感情が混ざり合い、増幅し合ったような、もはや言葉では表現することができない、そんな感情だった。


 久々にこれまでの行動の原動力である憎しみの感情を思い出させてくれた彼女に、感謝の念を抱いてしまったウチは、次第に別人を装うことも忘れ、いつもの感じで、あろうことかとんでもない提案をしてしまう。


「一つ提案。貴女、ウチの弟子にならない? そうすれば、願いは叶えられるかも知れないよ?」


「……え? 願い?」


「彼のいる村を滅ぼしたいんじゃないの? もしくは、貴女を含めた全員の記憶を消して、平気な顔して村に戻ることも出来るけど……」


「いえ、それでは両親が……死んだ両親が生き返るわけではないので……。村に戻る選択肢は有り得ません。私には復讐しか考えられません。ただ殺すだけでは生温いです。暴虐の限りを尽くして、出来得る限り最大限の苦痛の中で死に至らしめたいぐらいです。……まぁ、ヒーラーの私には到底無理な話なのでしょうけど」


「じゃあウチに弟子入りして呪い殺す方向で決まりじゃない? もしくは、ここで話を終えて、ウチの事は忘れてここから立ち去るか」


「呪い……殺す……? ……呪い…………っ! もしかしてシンディさん、あなたは──」


「そう……気付いたかな? 貴女の想像通りだよー」


 壁に耳あり、何処で誰に聞かれているか分からないから、その単語は口にしない。

 でも、弟子入りを断ったら、この女の記憶は念の為消しておかないと。

 すると、女は全身を震わせながら口を開く。


「あ、あなたが、その昔、世界に枷を掛け、全ての種族から忌み嫌われ追放されたという魔女!! 世界の束縛者!! 呪いの魔女その人なのですか!!」


「ぅわーっ! わざわざ言わなくていいし! 声も大きいよ! そして何回も言うんじゃないのっ! ……まぁ、そうなんだけどね。世界から爪弾きにされたウチと、殺された貴女。何処にも居場所がないのは一緒だからさー」


 そういえば彼も、こうして居場所がない人のための拠り所を作ってたっけ。

 ナーちゃん、グレイン、キミ達を助ける為に、ウチは世界から嫌われる道を、呪いの魔女になる事を選んだ。

 これが、ウチの償いだと思ってる。


「それにしても……呪いの魔女はシンディという名前だったのですね……。確かに、世界を狂わせるほどの魔女であれば、村の一つや二つ、瞬時に消し飛ばす事など容易いはず……」


 いやいや、なんか妄想が暴走してそうだけど、そんな威力の魔法なんて無理よ!?

 ウチは慌てて否定する。


「ちょっと待ってー! いくら魔女でも、村一つを物理的に破壊するのは無理だよ? 大気と水を呪いで汚染して、ゆっくりと何年も時間を掛けて、作物が不作になり、日照り、飢饉、疫病、蝗害、水害が次々に発生、やがて全ての住人が死滅していく……それくらいが精一杯かな。ウチが魔女だからと言ってもそんなに凄いことは出来な──」


 すると目の前の女は、両腕で自分の身体を抱き締めるように、うっとりとした表情に変わる。


「素晴らしい……想像以上です……。先程も申しましたとおり、一瞬で消し飛ばして楽にしてしまうよりも、真綿で首を絞めるようにじわじわと長い時間苦しませて殺していくのが私の理想です。さすがは魔女さま……いいえ、お師匠さま!」


 こうして、川辺で拾った女性の唐突な弟子入りが決まってしまったんだ。


「そういえば、貴女の名前を聞いていなかったね」


「あ……。大変失礼いたしました。シンディ師匠、この度は私の命をお助け下さり、ありがとうございます。更に弟子入りまでさせてもらえるなんて、感謝の言葉もありません。私の名は、ミュルサリーナと申します」



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